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ブラジルの切手紹介-53


カイシャ・エコノミカ銀行

1986年に発行された、設立125年を記念する切手です

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CAIXA ECONÔMICA FEDERAL(カイシャ・エコノミカ・フェデラル)は、主に、州政府および都市のインフラ整備に関する融資も含めての企画、立案ならびに教育、医療、衛生関係、住宅取得への資金供給のほかに、個人ならびに民間生産部門への一般融資、年金基金と社会統合プログラム等を運用する最大の政府系金融機関であり、多くのブラジル人にとって欠かせない存在です。

CAIXA(カイシャ)は1861年1月12日に、預金の奨励と担保付貸付の提供を目的として、法令第2723号に基づきドン・ペドロ2世により設立されました。
これらのサービスは、他の金融機関と異なり、預金を保証するだけでなく、当時他の金融機関が行っていたような、借入人に対して法外な金利を要求する市場に対抗するためです。

CAIXAは、奴隷解放証明書の購入によって自由を手に入れようとしていた奴隷や社会的身分の低い人々が資金を集めるのを助け、これらの人々から大きな支持を得たように、CAIXAは設立当初から、社会問題に焦点を当ててきたのです。

今日では、CAIXAはラテンアメリカ最大の政府系銀行になっています。3,600以上の拠点を持ち、ブラジル国内5,564の市町村すべてにおいて、5,100万人のお客様にサービスを提供しております。

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ブラジル財務省傘下の100%政府系銀行として、CAIXAは公共政策、特に都市開発やインフラ整備、低所得者向けの社会プログラムの実施に際し、重要な役割を担うことを目指しています。政府によるBolsa Família(家族給付金)プログラムにおいては、CAIXAのネットワークにより、1,300万世帯が援助を受けています。このプログラムにより、2003年から09年の間に、2,400万人ものブラジル人が低所得層から中間所得層に上がることができました。

またCAIXAは、50年前に、BNH(国立住宅銀行)を吸収合併し、市場の74%を占める大規模な住宅ローン融資を行う一方、都市開発、特に上下水道の整備に関する投資信託も斡旋しています。

ブラジルの連邦貯蓄銀行(CAIXA)が浜松市に駐在事務所を開設しました
在日ブラジル人の生活向上を目的に当金庫と業務提携をしているブラジルの連邦貯蓄銀行(カイシャ・エコノミカ・フェデラル)が、2007年(H19年)2月8日浜松市(浜松センタービル7階)に日本初の駐在事務所を開設しました。
事務所には従業員2名が常駐し、将来の支店開設に向け、銀行免許取得の準備や市場調査を行います。

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開設記念式典には、両金融機関や県、浜松市、磐田市の関係者約50人が出席し、テープカットや鏡開きなどで開所を祝いました。
式典の様子は、モニター中継し本国ブラジルの連邦貯蓄銀行でも放映されました。

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by wagahai_tt | 2013-01-30 04:06 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-52


サルト・デ・グアイラ

1982年に発行されたサルト・デ・グライアの切手です。

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サルト・デ・グアイラはブラジルとパラグアイの国境にある大きな滝です。

パラグアイの東北地方、パラグアイ国内ではブラジルの中央部サンパウロ等の主要都市に最も近いカニンデジュ県の県庁があるサルト・デ・グアイラ市は今パラグアイで一番注目されている街です。地理的にはブラジルへ近いので,アクセスが良くなれば、物流・観光の街に大変身する可能性を秘めています。

この街から南では大河ラプラタの本流パラナ河が両国の国境になっており、通行が非常に難しく約250キロ下流にあるエステ市とフォス・ド・イグアス市を結ぶ「友情の橋」 しかパラグアイ-ブラジル両国を結ぶ橋は無く、全てのものがここを通行するので非常に混雑しており、サルト・デ・グアイラを通るルートが新しい両国の交通のルートとなることが期待されています。

現在新しい橋が建設中であり、両岸の建設中のアクセス道路が出来た時にはこちらがアスンシオン-サンパウロのメインルートになることが予想されます。
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現在はパラナ河の両岸をバルサと呼ばれる簡易フェリーが結んでいます。車を載せているバウサを押し船が押していく方法です。
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パラナ河の川幅は非常に広く約5キロあり、30分で結んでいます。川岸には日本のような設備があるわけでなく自然の土に船の先を突っ込むという方式で接岸します。

パラナ河をはさみ対岸はブラジル・グアイラ市となっています。グアイラ市は緑の多い静かな美しい街で、ブラジルらしい良さを持っている街です。フォス・ド・イグアスまでの途中にはドイツ系の街が点在しており、奇麗なホテルなどもあり、隠れた観光スポットと言えます、このホテルは夫婦で朝食付きで4千円、昼のシュラスコ(ブラジル風バーベキュー)が一人千円というサンパウロから見ると夢見たいな価格です。

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by wagahai_tt | 2013-01-23 03:01 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-51


ハレー彗星

1986年にブラジルで発行されたハレー彗星の切手です。

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ハレー彗星は、約76年周期で地球に接近する短周期彗星である。公転周期は75.3年。多くの周期彗星の中で最初に知られた彗星であり、古来より多くの文献に記録されている。前回は1986年に回帰し、次回は2061年夏に出現すると考えられている。
1986年2月9日の接近は、ハレー彗星の過去の全ての出現の中で、地球からの観測に最も不向きだった

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1986年の地球接近後もハレー彗星の観測は続けられた。1991年2月にはハレー彗星が突然光度を増したことが観測されている。この増光の原因は不明であるが、以下のようないくつかの説が考えられた。

別の天体との衝突
彗星の崩壊(太陽風の圧力などによる)
内部構造を原因としたガス噴出量の増加や発熱


その後、ヨーロッパ南天天文台 (ESO) が1994年と2003年3月にハレー彗星の姿を観測しているため、核本体が失われるような衝突や崩壊は起こっていないと推定されている。

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by wagahai_tt | 2013-01-16 02:21 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-50


ロス・オリンピック

1984年にブラジルで発行されたロス・オリンピックの切手です。

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ロサンゼルス(英語:Los Angeles)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の都市で、ニューヨークに次いで全米2位の人口規模を持ち、アメリカ西海岸を代表する世界都市の一つです。

「Los Angeles」という都市名は、スペイン語の los ángeles、すなわち、「天使」を意味しています。

ロサンゼルスオリンピックは、アメリカ合衆国のロサンゼルスで行われた第23回夏季オリンピックであり、期間は1984年7月28日から8月12日まで開催されました。

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この大会は1セントも税金を使わずに行われた。スタジアムも1932年に開催された大会時のものを使っている。それまでの大会は、スタジアムの建設や環境整備などで開催都市が多額の費用を負担し赤字続きで大きなダメージを残したこともあり、1984年大会の開催都市立候補はロサンゼルスだけで、オリンピック開催は不人気だった。
税金を使わなければ、政治的介入を阻止できると、南カリフォルニアオリンピック委員会は考えたのである。

開催するために必要な費用は、
1.テレビ放映料: テレビ放映権は、それまでの常識を超える金額を最低価格として提示、アメリカ4大ネットワークのうちで一番高い金額を示したABCと約450億円で契約。放映権料を前払いとして、利息を稼ぐ徹底ぶりだった。
2.スポンサー協賛金: それまで多くのスポンサー企業がマークを使用、多種多様な活動をしたが、スポンサー数があまりにも多すぎたので、メリットが半減していると判断し、スポンサーは1業種1社、合計で30社と数を減らして価値を高めた。ロサンゼルス五輪のマークを自由に使える、というのが条件だった。コカ・コーラとペプシが激しいスポンサー争いを演じ、他業種もスポンサーに次々に名乗りを上げ、高額の協賛金が集まった。
3.入場料収入
4.記念グッズの売上
4本柱 を立てて賄った。

1980年に行われたモスクワオリンピックに、その前年に行われた「ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する」という理由で、アメリカが西側諸国にボイコットを呼びかけた結果、日本や西ドイツ、韓国など多数の西側諸国が参加しなかった。その報復として東側諸国は本大会をボイコットした(表向きの理由は1983年のアメリカ軍によるグレナダ侵攻に対する抗議)。

不参加国はソビエト連邦、東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ブルガリア、ベトナム、モンゴル、北朝鮮、キューバ、アフガニスタン、アンゴラ、イラン (モスクワオリンピックも不参加) などである。
中華人民共和国は中ソ対立以降、ソ連との関係が悪化しアメリカ側についたため、モスクワオリンピックは不参加、ロサンゼルスオリンピックは参加した。

旧ソ連・東欧圏の選手が出場しなかった中、ブラジル選手は出場して活躍した。

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by wagahai_tt | 2013-01-09 03:23 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介‐49


ブラジル航空機産業の日

1982年に発行された航空機産業の切手です。
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エンブラエルは1969年にブラジルの国営航空機メーカーとして誕生した。ブラジル空軍の航空技術研究所の技術者の力によって、双発プロペラ旅客機「EMB 110 バンデランテス(別名:バンディランテ)」を開発し1972年に初飛行させた。同機は日本を含む世界中の数多くの航空会社で運航され、成功を収めた。「ブラジルの誇り」と言われた所以である。
さらに1976年には「EMB 121 シング」が初飛行し、1983年には、小型ターボプロップ機の「EMB 120 ブラジリア」と、ターボプロップのタンデム複座型練習機の「EMB-312 ツカノ」を相次いで発表した。

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EBM110                       EBM312

EMB 120 ブラジリアはEMB 110 バンデランテス同様に世界各国の航空会社に採用された上、EMB-312 ツカノもイギリス空軍などで採用されたほか、ブラジルでも練習機兼用のゲリラ掃討用COIN機として現在も利用されている。しかし、国営のためもあり社員に公務員気質がはびこり赤字経営が続いたものの、一向に体質改善に意識が向かわなかった。

ブラジル人は航空分野のパイオニアでしたが、航空機産業がブラジルで本格化したのは、1970年代のことです。

今日では、ブラジルは世界有数の航空機メーカーであるエンブラエル(Embraer)社を擁している。同社は定員数110席までの商業用ジェット旅客機の製造に関して世界をリードしている。
商業用旅客機、エグゼクティブ級旅客機、国防用航空機の設計・開発・製造・販売・アフターサービスの分野で36年の経験を有しており、ブラジルの主要な輸出企業の1つである。

サンパウロ州の首都サンパウロ市から約90キロメートルに位置するサンゥ・ジョゼ・ドス・カンポス(Sao Jose dos Campos)市に本社を置くエンブラエル(Embraer)社は中国、シンガポール、米国、フランス、ポルトガルの各国に現地法人、代表事務所、顧客用サービス拠点等を置いている。2005年12月30現在で同社は従業員16,953名、受注残高104億ドルを記録していた。

エンブラエル(Embraer)社の前身であるEmpresa Brasileira de Aeronautica S.A.(ブラジル航空機工業株式会社)の創立は1940年代に遡る。1946年にサンゥ・ジョゼ・ドス・カンポス(Sao Jose dos Campos)市に空軍技術センター(Centro Tecnico de Aeronautica : CTA)が開設されて現在の航空宇宙技術センター(Centro Tecnico Aeroespacial)に発展し、同センター内には1950年以来航空技術大学(Instituto Tecnologico de Aereonautica: ITA)が機能している。

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by wagahai_tt | 2013-01-02 05:06 | 切手 | Comments(0)