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ブラジルの切手紹介-42


コロンブス

1984年にブラジルで発行されたコロンブスの切手です。
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クリストファー・コロンブス(Cristoforo Colombo、1451年頃 - 1506年5月20日)は探検家・航海者・コンキスタドール(スペイン語で征服者の意)、奴隷商人。大航海時代においてキリスト教世界の白人としては最初にアメリカ海域へ到達したひとりです。
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一般的にコロンブスの「功績」はアメリカ大陸を“発見したこと”と語られることが多いが、アメリカ大陸にはこれ以前からインディアンやインディオなどのモンゴロイド系先住民族が一万年以上前から居住し独自の文明を築いていたことを考えると、“発見”という言葉自体がヨーロッパ中心で世界を見る視点に立脚した発言と言わざるを得ません。

従って、中立的な視点では「大西洋航路の発見」、つまりヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ「航海路を発見した」というのが、その真の功績であると言えます。コロンブスのアメリカ大陸到着以前はユーラシア大陸と北米大陸の住人や国家、文明の間には相互の文化や経済、政治などに影響を与え合うほどの交流がほとんど無かったことから、「世界の一体化を促進した」とする評価もできるでしょう。

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by wagahai_tt | 2012-10-31 06:10 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-41


世界初の気球飛行成功

1983年にブラジルで発行された、気球飛行成功200年を記念した切手です。
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1783年に熱気球による初の有人飛行を成功させたのはフランスのモンゴルフィエ兄弟(ジョセフ・ミシェル、ジャック・エティエンヌ)である。

二人は煙突から立ち上る煙から、温めた気体を袋に詰め空を飛ぶというアイデアを着想したと言われる。最初は暖炉の煙を紙袋に詰めて実験し、自分たちの理論が正しいことを確かめると、より大きな袋(風船)を作成する。

1783年6月5日に無人での飛行に成功し、同年11月21日にピラトール・ド・ロジェとフランソワ・ダルランド侯爵の二人をのせた気球がブローニュの森から飛び立ち90 mの高さで25分間、約8.8 kmを飛行し有人飛行にも成功した。発明者たちの名を取ってフランス語や英語では「モンゴルフィエ」が熱気球を意味する一般名詞となってもいる。
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モンゴルフィエによる有人飛行の10日後にはジャック・シャルルによるガス気球の有人飛行が成功する。

気球はブームとなるものの、風まかせであるため旅客・物資輸送等には適さず冒険家による長距離飛行記録など金持ちの趣味の域を超える物ではなかった。その後、飛行船や飛行機の発明により衰退するが、第二次世界大戦以後スカイスポーツとして復活した。

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by wagahai_tt | 2012-10-25 03:49 | 切手 | Comments(0)

アナニンデウア環境公園一周年祭

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10月度のAsflora活動報告を紹介します。

アナニンデウア環境公園一周年祭

Asflora(アマゾニア森林友の協会)は、2012 年10 月11 日(木)、アナニンデウア市立アントニオ・ダヌービオ環境公園の一周年祭に招かれました。
この環境公園は、ベレンーブラジリア国道に面し、ベレン市に隣接しています。数ヘクタールの自然の森が残されていましたが、そこは最近まで、ゴミ捨て場にされていた場所でした。
市が大量のゴミを片付け、1 年前より、環境公園として市民の憩いの場になりました。
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左上写真の通り、国道に面しています。この池に、家電廃棄ゴミ、建築残渣、生ごみなどが大量に捨てられて
いました。今は魚が見られます。
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公園には、市内のいくつもの学校から生徒たちが集まっていました。フォークダンス、大道芸人、楽団と、お祭りの雰囲気です。

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勿論Asflora の森の劇の主役、クルピーラとマァイ・ナトレーザ(自然の母)、それに酔っ払いも公園の一画で、一幕を披露しました。
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左上は、酔っ払いが捨てたゴミを、みんなで拾っているシーンです。
アナニンデウアという町の名は、アナニの木が豊富な所という意味です。この公園には、アナニの木がありました。

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左は、園内で育てているアナニ(Symphonia globulifera フクギ科)の苗です。
右上が、樹高8mほどのアナニを下から見上げたもの。アナニは樹高40mに達する高木となります。アマゾン地域の川辺に自生しており、1~5 月頃、沢山の赤い花が咲きます。この花の受粉には、体長25 ㎝にもなるキツツキの一種や、蜂鳥、その他の鳥が関わっているそうです。材は少し重いですが、建材として使い易いものです。黄色い樹液は粘性があり、川辺の住民はカヌーの割れ目に水止めとして使います。乾燥させた樹脂に火をつけると、無煙、無臭です。この樹脂、昔は、気管支炎、骨の痛み、肝臓、脾臓の薬として使われていました。

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園内には、40mを超えるバクリ(左上)の大木が何本かあります。バクリの実は、ここではジュース、アイスクリーム、お菓子に人気があります。 林床で、可憐な花(ブロメリア?)を見かけました。

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この週末は、ベレンのナザレ大祭、園内の売店にも手作りのマントに飾られた聖母ナザレ母子像が置かれていました。Asflora のマァイ・ナトレーザ(自然の母)も、娘のソフィアを抱えての参加でした。
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Asflora の環境教育活動に、先月(9 月)は、以下の方々からのご寄附を頂きました。おかげさまで、今月(10 月)は、本拠地のAimex 種苗センター内で3 回のプログラムを実施できています。

ご協力者:米国在住 柴田晃明 様
福岡在住 栗原要次 様
東京在住 池上様、新部様、井形様
ご支援ありがとうございます。
Obrigado para participantes e coraboradores.
Instituto Amigos da Floresta Amazônica-ASFLORA.
Takushi Sato-Presidente.
Shoji Yamanaka-Vice Presidente.
Marluce Amorim-Coordenadora

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by wagahai_tt | 2012-10-17 05:54 | Asflora | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-40


アントニオ・カルロス・ゴメス

オペラ作曲家アントニオ・カルロス・ゴメスの切手です。
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アントニオ・カルロス・ゴメス(Antônio Carlos Gomes, 1836年7月11日 - 1896年9月16日)は、19世紀ブラジルを代表するオペラ作曲家です。
新大陸出身ながらもヨーロッパ楽壇に受け入れられ、名声を獲得した音楽家の一人です。
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ブラジル帝国のサン・カルロス村(現在はサンパウロ州カンピーナスの一部)の出身。父親は楽長(指揮者、作曲家、編曲者)のマヌエル・ジョゼ・ゴメス(Manuel José Gomes)、母親はファビアーナ・マリーア・ジャグアリ・カルドーゾ(Fabiana Maria Jaguari Cardoso)。

幼児期から音楽的な傾向を示し、やがて父親や兄ジョゼ・ペドロ・デ・サンターナ・ゴメス(José Pedro de Sant'Ana Gomes)に励まされた。
兄ジョゼ・ペドロもやはり指揮者であり、ゴメスの音楽活動に対して献身的な指導者、助言者の役割を果たした。

兄の説得でゴメスはブラジル宮廷を訪れ、皇帝ドン・ペドロ2世の庇護を受ける。
ペドロ2世は、ブラジルの芸術家や知識人の活動に興味があることで有名で、このためゴメスはリオ・デ・ジャネイロ音楽院で専門教育を受けられることになった。
優等で音楽院を修了すると、最初の歌劇《城の夜 A Noite do Castelo 》を上演し(1861年9月)、大成功を収めた。
それから2年後に2作目の歌劇《フランドルのファナ Joana de Flandres 》も大成功となり、第1作より勝れているとの評判さえとった。

この2作の成功によって、ドン・ペドロ2世より奨学金を下賜され、1864年にイタリア留学が可能になった。
ミラノ音楽院に入学するが、通常4年かかるところを3年間の在籍で卒業し、マエストロ(マスター)の称号を授与された。

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by wagahai_tt | 2012-10-10 04:03 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-39


AMX戦闘機開発計画

1985年に発行されたAMX戦闘機開発計画の切手です。
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AMXはイタリアとブラジルが国際共同開発した全天候型攻撃機である。
小型な機体に似合わず、3.8tの武装を搭載可能であるためポケット・トーネードとも呼ばれている。イタリア空軍では、イタリア語で熱風を意味するギブリ(Ghibli)を愛称に用いており、ブラジル空軍ではA-1の名称を使用している。
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イタリア空軍とブラジル空軍の要求性能が似通っていたこともあり、1978年中頃にアエリタリア社とアエルマッキ社が共同で両国に設計案を提示することで合意し、ロールス・ロイス社製スペイ・エンジンを使用する設計案をAMXとしてまとめ上げた。1980年3月にブラジル政府が承認し、同年7月にはエンブラエル社が参加することとなり、AMXプロジェクトは2ヶ国3社での国際共同プログラムとしてスタートした。

AMXの試作機はイタリアで4機、ブラジルで2機が製造され、イタリア製試作初号機は1984年5月14日に初飛行し、ブラジル製試作初号機も1986年10月16日に初飛行した。

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by wagahai_tt | 2012-10-03 03:57 | 切手 | Comments(0)