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ブラジルの切手紹介-38


国際民間航空機関

1984年に発行された国際民間航空機関の切手です。
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国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization、ICAO)は、国際連合経済社会理事会の専門機関の一つ。本部はカナダのモントリオールにある。略称は、日本では「イカオ」や「アイカオ」と読まれることが多いが、英語圏では「アイケーオー」と読まれることが多い。

(ICAOの旗)
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第二次世界大戦における民間機の発展に伴って1944年に締結された国際民間航空条約(通称シカゴ条約=国際航空運送の原則(輸送権、領空主権、空港使用、関税、航空機の国籍、事故調査等)について規定するとともに国際民間航空機関の設立について定めたもの。)に基づき、1947年4月4日に発足した。国際民間航空に関する原則と技術を開発・制定し、その健全な発達を目的とする。シカゴ条約批准国は自動的にICAOに加盟することになっており、2008年の時点で加盟国は190ヶ国。日本は、1953年(昭和28年)にシカゴ条約を批准するとともに、ICAOへと加盟した。

日本は1956年以降、理事国の一つとして活動を続けている。また、拠出金もアメリカについで多い額を払っている。

加えて、ICAOはシカゴ条約を批准する各国の運輸安全当局の準拠となる、航空機事故調査に関する条約を定めている。

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by wagahai_tt | 2012-09-26 06:13 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-37


大西洋横断飛行

1984年に発行された大西洋横断飛行成功の切手です。
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フェラーリンとデル・プレーテはS.64に搭乗して実際に南大西洋を横断してブラジルまで飛行した。7月3日夜にモンテチェーリオを離陸し、夜間にサルデーニャを通過し、翌朝早くにはジブラルタルに至った。4日はカサブランカとヴィッラ・シスネロス(Villa Cisneros)を経て、夕刻にはカーボベルデ諸島を通過しブラジルへ向かった。
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5日朝にはペルナンブコ州の無線到達空域に達し、ナタール近くのブラジル沿岸を横切ってリオ・デ・ジャネイロへの着陸に向けて南への飛行を続けたが、悪天候のためナタールへ引き返さざるを得なかった。燃料は残り少なくなってきていたが依然として悪天候に阻まれ、飛行場が丘陵の陰にあるためにナタールへの着陸も諦めねばならなかった。更に北へ160 km 飛行を続けたが、最後にはリオ・グランデ・ド・ノルティ州の小さな漁港タウロスの海岸に不時着する事態になった。ブラジルの郵便機がフェラーリンとデル・プレーテのナタールへの最初の飛来とその後のリオ・デ・ジャネイロへの飛来を報じたため、両都市では歓迎の準備をしていた。S.64は砂地への着陸で機体を損傷していたためにリオ・デ・ジャネイロへは船で運ばれ、リオ・デ・ジャネイロに到着すると機体はブラジルへ寄付された。S.64はイタリアからの8,100 km を48時間14分で飛行した。国際航空連盟(FAI)は、公式にはこの飛行をモンテチェーリオ~ナタール間7,188 km の無着陸飛行による長距離飛行記録の世界記録に認定した。リオ・デ・ジャネイロでのお祭り騒ぎは数週間続いたが、フェラーリンとデル・プレーテが8月11日にS.62機のデモンストレーション飛行中に墜落したことで終わりを告げた。デル・プレーテはこの事故での負傷が原因で5日後に死去した。

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by wagahai_tt | 2012-09-19 04:01 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-36


聖母ファティマ

1987年にブラジルで発行されたNossa Senhora de Fátimaの切手です。
ポルトガルの小さな町、ファティマに出現した聖母です。
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1916年春頃、「平和の天使」と名乗る少年がファティマに住む3人の子供(ルシア、フランシスコ、ジャシンタ)の前に現れ、祈りのことばと額が地につくように身をかがめる祈り方を教えた。その後も天使の訪問は続いた。

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(左からルシア、フランシスコ、ジャシンタ)

1917年5月13日、ファティマに住む3人の子供たちの前に謎の婦人が現れ、毎月13日に同じ場所へ会いに来るように命じた。子供たちは様々な妨害にあいながらも「聖母マリア」と名乗る婦人に会い続け、婦人から様々なメッセージを託された。

婦人からのメッセージは大きく3つあった。

1.大戦争の終焉と勃発:第一次世界大戦は、まもなく終わること。しかし人々が生活を改め罪を悔い改めないなら、さらに大きな戦争が起き、沢山の人が死に、そしてその多くが地獄に落ちてしまうこと。その前兆(次の戦争)として、ヨーロッパに不気味な光が見えるだろう、ということ。(1938年巨大なオーロラがヨーロッパに観測され、その直後、第二次世界大戦が勃発した。)

2.死後の地獄の実在:多くの人々が罪な生活、傾向によって、死後地獄へ導かれている。肉欲や傲慢など現世的な罪から回心しないままでいることにより、人は死後、永遠の地獄へと行く。具体的に、聖母はこの少女ら3人に7月13日、地獄のビジョンを見せ、彼らはそのあまりの光景に戦慄した。地獄は神話ではなく実在し、そこは全ての人が死後行く可能性のあるところで、入ったが最後、二度と出ることはできない。

3.秘密:聖母マリアは、1960年になったら公開するように、それまでは秘密に、とルシアに厳命した。

その内容は「ファチィマ第三の秘密」と呼ばれ、ルシアを通じて教皇庁に伝えられたが、1960年が過ぎても教皇庁は公開せず、2000年になってから発表に踏み切った。
発表が遅れたことに対して、教皇庁によると教皇暗殺の危機だったからだとしている。
1981年5月13日(なおこの日は、後述するファチィマの出現の記念日(1967年5月13日制定)だった。)の事件をヨハネ・パウロ2世は、東欧の政権による暗殺未遂と発表したと伝えられている。

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by wagahai_tt | 2012-09-12 03:59 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-35


国際アニスチア(恩赦)

国際アニスチア25周年の切手です。

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新興国のリーダーたるブラジルが、「私は無資格滞在外国人を合法化するから、先進国も考えてみたら?」という独自の人道主義を実行する意気込みを感じます。

日本ならビザなし滞在外国人は、居るだけで「不法滞在」という犯罪者のレッテルを貼られるが、ブラジルでは「居るだけなら犯罪ではない」という常識の相違がある。
移民受け入れを厳格化させることは、立場の弱い無資格滞在移民を増やし、奴隷労働の状況に追いやる危険性があるというのがブラジル側の考え方です。

例えば、日本なら景気が悪くなるほど合法滞在ゆえに〃高給〃となったブラジル人の代わりに、無資格滞在の外国人を安くこき使うことが予想される。法の網の外にいる彼らへの人権的な配慮はないがしろにされがちだから。

外交は対等互恵が原則だから、ブラジルが国内の外国人に恩赦(アニスチア)を出すことは、外国にいる無資格滞在ブラジル人への恩赦を求めることでもある。ブラジル政府が恩赦を考える機会に、日本政府も無資格滞在の在日ブラジル人に恩赦をあたえることが検討できないかと言う意味になります。

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by wagahai_tt | 2012-09-05 03:49 | 切手 | Comments(0)