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エコ・クリスマス 2011年12月18日

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Asfloraの活動報告を紹介します。

エコ・クリスマス 2011年12月18日

ASFLORA(アマゾン森林友の協会)は、先週に引き続きクリスマス行事を行いました。
12月18日(日)、ベレン市から55㎞の距離にあるサンタ・バルバラ郡エスペジット・リベイロ入植地で、「水源の森つくり」植樹祭を行い、クリスマスを祝いました。
今回の催し、同地の環境農業入植者協会とAsfloraが準備し、真珠のミキモト様(EFF/緑の募金助成プロジェクト)、イオン環境財団様、宮本(藍工業)様、Schincariol社様の助成を得ています。
午前9時半、入植地の公民館のある広場で、エスペジット・リベイロと近くのアブレウ・ベルメーリョ入植地の子供たち200人が集まり、木登りゲームを始めました。つるつる丸太柱の天辺に吊るされた、お菓子の入った袋を取る遊びです。一人、一人が挑戦しても、みんな滑って登れませんでした。それで、助け合いながら人の梯子をつないで登ってゆくと、お菓子が仕留められました。

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30分ほど遊んで疲れたところで、1回目のランチタイム、ハムとチーズ入りのサンドイッチです。

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ランチタイム後、クリスマス行事開催者、協力者の挨拶と植樹指導が行われました。 地元サンタ・バルバラ市セルソ副市長、州農業指導部(EMATER)サンタ・バルバラ支所イアーレ所長、州環境局環境教育部ダニエーラさん、入植者協会ミランダ会長などが挨拶しました。 また、日本から、この入植地への支援活動をしてくれている NPO地球と未来の環境基金-EFF 古瀬繁範 理事長が特別参加してくれています。 式典を終えて300m離れた植樹地に移動、「水源の森つくり」植樹の開始です。

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まだ雨が少なく乾燥しているので、今回の植樹祭では千本の苗木のみ植えました。地拵えは、水源地を囲んで0.4ヘクタール出来上がっています。 合計で9千本(イオン環境財団助成分5千本、緑の募金・ミキモト・EFF助成分4千本)の苗木を植えることにしています。

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植樹中、隣の「群馬の森」を訪れていた沼田総領事が、北伯群馬県人会長の岡島さん、平形さん、京大研究員石丸さん、大学院生田村さんと共に到着しました。
右上写真の紺のシャツ姿が、子供とアサイ苗を植えている沼田総領事です。

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植樹後、Asfloraのエーデル理事の掛け声で、全員が輪になって「クリスマス、おめでとうとう!」と、三唱しました。

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左上)EFFの古瀬氏の後方が、地拵えの済んだ水源の森つくり予定地です。
右上)昨年のクリスマス植樹祭で植えた一画です。 

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植樹後、公民館(上の木造バラック)で、飲み物と軽食が配られました。 サンタが現れ、プレゼントを子供たちに手渡しました。サンタさん、暑い最中にこの装束ですし、大勢の子達を相手に、最後はフラフラになってしまいました。

本年も、多くの方々のご協力によりAsfloraの活動が継続できました。心からお礼申し上げます。
日本の大震災後、大勢の市民によるボランティアの方々の活躍が報じられています。
私どもも、地球市民の一員として、環境教育、森つくり、持続可能な家族農業者支援活動に、新しい年もみんなで力を合わせていきたいと思います。

良いお年をお迎えください。
2011年12月23日
ASFLORA代表  佐藤卓司
副会長 山中正二
他役員一同

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by wagahai_tt | 2011-12-27 11:34 | Asflora | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-5


南極観測
ブラジルの南極観測に関する切手です。
f0096068_547170.jpgブラジルは1975年に南極条約に加盟して、1983年にはコマンダンテ・フェラス基地を建設して本格参入した。
1986年に発行されたCZ$0.50の切手です。





*南極条約:南極における調査研究に協力体制を築いていた日本、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦(現ロシア)、アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、チリ、ニュージーランド、ノルウェー、南アフリカの12か国が1959年12月1日に南極条約を採択した。
条約内容
1.南極地域の平和的利用(軍事的利用の禁止)
2.科学的調査の自由と国際協力
3.南極地域における領土主権、請求権の凍結
4.核爆発、放射性廃棄物の処分の禁止
5.条約の遵守を確保するための監視員の設置
6.南極地域に関する共通の利害関係のある事項についての協議の実施
7.条約の原則および目的を促進するための措置を立案する会合の開催
条約締結国は、2011年12月15日時点で49か国です。

f0096068_5491230.jpg1987年には南極観測活動のCz$1.00の切手が発行されました。

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by wagahai_tt | 2011-12-25 05:50 | 切手 | Comments(0)

エコ・クリスマス 2011年12月10日

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Asfloraの活動報告を紹介します。

エコ・クリスマス 2011年12月10日

Asflora(アマゾン森林友の協会)では恒例になった、クリスマス行事を始めました。
12月10日(土)、Asfloraメンバー9名とアライアル・ド・パブラージェン(以下、アライアルと略)のグループ20名は、州環境局が提供してくれた小型バスに乗り、ベレンからバスで2時間半かけて、イガラッペ・アスー郡(市)サント・アントニオ・ド・プラッタ村に出向きました。
地元のジナイール母の会とパラ総合大学のマリレーレ先生が企画した、エコ・クリスマス行事への参加です。
午前10時に、村の広場にある公民館に到着しました。子供とその家族300人位が我々の到着を、首を長くして待っていました。早速、アライアルのグループが、太鼓、マンドリンなどの楽器を鳴らし始めました。時を置かず、子供たちはダンサ・ド・ボイ(牛踊り)を始めました。前にもこのアライアルのグループと踊っていた様子です。 
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踊りながら、村の中を歩き、Asfloraが寄付した苗木150本の植樹現場に向かいます。
植樹は、村を横切る河の近くの道路沿いに行いました。
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この村は、昔ハンセン氏病院があり、長い間外部と隔離された部落でした。 今も古いしっかりした建物が残っています。 
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私と同年64歳のマリア・ペレイラさんは、孫たちと一緒でした。彼女はもう8人も孫が居るそうです。聞いてみると、一家はアマゾン中流域のオリシミナに住んでいたそうです。しかし父親(6年前に亡くなる)がハンセン氏病であることが分かり、50年前にベレンの病院に来て、ここプラッタ村の隔離病院に送られ、一家もここへ移り住むことになったそうです。

f0096068_771497.jpg左写真)中央で孫と一緒に居るのがマリア・ペレイラさん。父親以外には、家族の誰もハンセン氏病にはかからなかったそうです。二人の子供がこの村に住み、孫は8人居ます。同い年の筆者(右)は、孫なし、羨ましいです。




植樹後、集会所に戻り、Asflora森の劇を披露しました。今回は、森の劇の中で、水源を汚さず、水源林を大切にすることを特に呼びかけました。
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森の劇後、スライドを用いた川を綺麗にするための環境教育がありました。参加者は、8日後(12月18日)に、クリスマスプレゼントを受け取れるチケットを貰いました。






私たちも、プラッタ村の子供たちから、笑顔のプレゼントをたくさん貰ってきました。
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Feliz Natal!!      
Asflora=Instituto Amigos da Floresta Amazônica (文)佐藤卓司

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by wagahai_tt | 2011-12-23 07:25 | Asflora | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-4


奴隷解放
ブラジルは1888年に奴隷制度を廃止しました。
1984年に発行された奴隷解放の切手です。

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ブラジルは1530年の植民開始から、砂糖植民地としてポルトガル帝国の重要な一翼を担うようになった。ブラジル中東部、バイア州やペルナンブコ州で発展した砂糖生産は18世紀に衰退してきたが、反面ミナス・ジェライス州での金鉱山が発展した。砂糖は19世紀初めに、南部のリオデジャナイロとサンパウロで生産が拡大した。しかし、1830年以降、ブラジル南部でコーヒー生産が主体になり、この地域が18世紀末にはブラジルの全奴隷輸入の40%、1820年代には60%、1840年代には80%にも達した。

ブラジルでは、1830年に奴隷貿易が公式には認められなくなったが、1850年まで、コーヒー生産のために公然と奴隷貿易が行われていた。

1850年、イギリスはブラジルに奴隷輸入の禁止を求めて、艦隊を派遣し、戦争が始まり、ブラジルは敗北した結果、サントスやリオデジャネイロには北部の砂糖産地や南部の牛肉・皮革産地からの奴隷が移入して来るようになった。1865年に合衆国で奴隷制が廃止されたときには、主な奴隷保有国としては、ブラジルとキューバが残るだけとなった。

1871年に、ブラジルで奴隷解放のための法律が制定され、新しく生まれた子供は奴隷とされなくなった。その後1888年にブラジルの奴隷解放が実現したのです。
1500年にブラジルが発見されてから388年間奴隷制度が続いた事になります。

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by wagahai_tt | 2011-12-15 04:53 | 切手 | Comments(0)

ブラジルの切手紹介-3


ブラジルの切手紹介-3

世界遺産
1985年に発行されたユネスコ世界遺産に登録された場所の切手を紹介します。

Ouro Preto  

f0096068_383350.jpgミナス・ジェライス州にある世界遺産Ouro Preto(オーロ・プレット)の切手です。




オーロプレット(ポルトガル語で黒い金)は、1711年に金が発見されてから 18世紀の約100年の間に世界の金の半分以上を産出した町です。オーロプレットのあるミナス・ジェライス州では 1200トンの金と300万カラットのダイヤモンドを産出したようです。 世界の金の80%以上がオーロプレットから産出された金になった時もあるそうです。

O linda  

f0096068_311549.jpgペルナンブコ州にある世界遺産O linda(オ・リンダ)の切手です。





最初に、オリンダに到達したとされるヨーロッパ人は、フランスの商人だとされるが、後に、フランスのライバルであるポルトガルが1537年に、都市の建設を開始した。
砂糖産業を中心にオリンダは繁栄したが、レシフェ(州都)を建設したオランダによって、一旦は破壊された。
1654年ごろ、ポルトガルの手により、再度、オランダからオリンダが奪取されると、オリンダの町は、ポルトガル風の建築物が建設されるようになり、蘇ったようです。
   
Sao Miguel das Missoes
f0096068_3151016.jpgリオ・グランデ・ド・スル州の内陸にある世界遺産Sao Miguel das Missoesの切手です。




サン・ミゲル・ダス・ミソンイス (São Miguel das Missões) は、ブラジルのリオ・グランデ・ド・スル州北西部の小さな町サン・ミゲル・ダス・ミソンイス市にあるイエズス会伝道所跡です。1983年に「サン・ミゲル・ダス・ミソンイス遺跡」の名で、ユネスコの世界遺産に登録されました。
イエズス会は、土着民のグアラニー族がキリスト教化することや、彼らをスペインやポルトガルの奴隷商人たちから保護する目的で、1735年から1745年にこの場所に伝道所を建設したものです。

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by wagahai_tt | 2011-12-05 03:18 | 切手 | Comments(0)