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ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(41)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

99. 隣町カスタニャールの入口に、広大な敷地のキャンプ村がある。
f0096068_720090.jpgこのキャンプ村には、宿泊できるロッジ10棟ほど建ち並び、宿泊者はロッジでバーベキューをやっている。
バーベキューは、ロッジに宿泊しなくても出来る専用場所があり、子供連れはバーベキューコーナーで楽しくやっている。




モーターハングライダーの簡単な飛行場もあり、離陸・着陸の練習も行いながら上空の飛行を楽しんでいる。

f0096068_7213250.jpgこのキャンプ場には、子供向けの乗馬コースもあり、子供たちが喜んで初体験の乗馬をやっていた。







f0096068_7232855.jpg又、湖では二人乗りのスワンボートがあり、子供たちが順番を待ちながら乗って楽しんでいた。
砂浜ではビーチバレーを楽しむ大人たちが汗を流している。





子供たちが楽しんでいる間は、我々はレストランに肴を頼んで、冷えたビールを飲みながら、待つことになる。
朝から夕方まで楽しんで帰るが、片道1時間のドライブでストレス解消にもなり、更に子供達の喜ぶ顔を見るのも、たまには良いものですよ。

街のド真中にこの様な施設を作り、市民の憩いの場にしているのもいいものです。
ここは入場料が必要で、誰でも入れるわけではないので、治安も維持されているのが、更に良い。


100. 帰国するに当たって、社員達が盛大な送別会をやってくれた。

1993年に一回目の帰国、この時期はベレンの会社とサンパウロの販売会社を兼務していたので、半月をベレンで、半月をサンパウロでの勤務体制で毎月4,000kmを往復しながら勤務していた。
不思議なもので、ベレン勤務時にはサンパウロが気掛かりになり、サンパウロ勤務時にはベレンが気掛かりになるものだ。

サンパウロの社員の送別会やベレンの駐在員家族の送別会を受けて、1993年に帰国した。
f0096068_7275924.jpg1984年に赴任して、1993年まで9年間の勤務後に帰国して、3年間日本での勤務の後、1996年に再度ベレンに赴任した。







1996年から2002年の6年間の勤務後、定年の1年前に本格帰国した。
サラリーマン人生の半分近くになる、通算15年間をアマゾンで過ごしたことで、ブラジルが第二の故郷になってしまった。

f0096068_7305994.jpg2002年の送別会では、係長クラス以上の社員が、家族一人を帯同で参加したので、約200名の集いとなり、シュラスコレストランを借切りで、食べ放題・飲み放題のお別れ晩餐会となった。





f0096068_7332972.jpg初めて会う社員の家族とも和気藹々で楽しい一時を過ごしたことで、思い出深い送別会となった。







今では永住ビザ継続のために、2年に1回の頻度で第二の故郷を訪問して、現地の友人・知人と旧交を温めている。

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by wagahai_tt | 2009-09-30 07:35 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(40)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

97. 1984年7月13日にブラジルの航空会社のヴァリグ航空で成田を出発、機内の客室アテンダントはロスまではブラジル人スチュワーデスをメインに、日本人スチュワーデス2人だったが、ロスでクルーが全員交代し、その後は日本語の片言が喋れる中国人スチュワーデス1人で、ペルーのリマ経由での12時間のフライトだ。

f0096068_7342124.jpg成田を出発して24時間でリオ・デ・ジャネイロ国際空港に到着。
ブラジルに赴任した時のフライトは、成田出発・ロス・リマを経由して、リオでブラジルに入国したが、なんとその日も7月13日だったので、不思議な思いがした。



初めての海外がブラジルなので、日付変更線の感覚も分からず、12時間時差も理解していなかったのだ。
頭で知識としては分かっていても、実体験がないので、身体で分かっていなかったのだ。
言葉も満足に通じない機内で、水を欲しがる子供達に、水(=アグア)が言えなくてコカコーラばかり飲ませた記憶がある。

f0096068_7362964.jpgその後、リオから国内便でサンパウロに到着、やっと顔見知りの人に出会った時はホッとした。
コンゴーニャス国際空港からリベルダージの東洋街に向かい、富士パレスホテルにて休憩し、子供たちを休ませた。



早めの夕食は、寿司安リベルダージで済ませて、夜の便でリオにて乗換えでベレンへ向う、当時はまだサンパウロ~ベレンの直行便は無かった。
家族を連れて言葉も分からないまま、不安を抱えながらリオでの乗り換えでベレン行きの出発を待った。

驚いたことは、乗り込んだ飛行機が、エンジン始動時に2回エンストしたことだ。
エンストと同時に機内のライトが全て消え暗闇の中での数分間だ、これが2回もあったので無事飛行するのかどうかが心配になった。

しかも片側2席の小さな飛行機で、これで3時間以上ノンストップのまま飛行できるのか、と思った位だ。
機内では前後左右に座っているブラジル人と身振り手振りで話をしながら何とか不安を払拭したよ。
たまたま持っていた穴の開いた五円玉を、よく話しかけてくれたブラジル人に記念としてやったら、穴の開いた硬貨が珍しかったのか、ブラジルの古銭のようなものをお返しにくれたのが、ブラジル人との初めての交流だった。

リオを飛立ち3時間10分のフライトでアマゾン河口の街ベレンに到着。
アマゾン上空の暗闇から、前方に小さな光の塊が見え、その塊が次第に大きくなってきた時、機内のアナウンスがベレン到着を告げ、シートベルトの着用を促した。

f0096068_7393474.jpgアマゾンの支流ガマ河の上空を飛行し、ベレン国際空港に到着は夜11時10分で、窓から見たベレンの町は、まるでダイヤモンドを散りばめたような奇麗な夜景の町だった。





(この写真の角度から見える暗闇の中のベレンの夜景は素晴らしいよ。)

空港には現地に赴任している駐在員とその家族が出迎えてくれていた。
今では家族の良き思い出になっている。


98. ブラジルに単身赴任中のある日、日本から電話を掛けて来た家内が、
家内  :「あなた、来週妹とラスベガスに10日間行って来ます、日本に電話しても居ないからね」
我輩  :「・・・・・」

単身赴任中にまたまたある日、日本から電話を掛けて来た家内が、
家内  :「あなた、来週○○さんとフランスに行って来ます。
友達がフランスに居る間に行かないと、彼女が帰国したら行けないので・・・・・。ドイツ・スイスと回ってきます。
だいたい2週間の旅行です」
我輩  :「・・・・・」。
   
こんな家内の口癖が、 「亭主元気で留守が良い」   

何じゃ、こりゃ!!!

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by wagahai_tt | 2009-09-25 07:46 | 印象深い事柄 | Comments(4)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(39)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

95. パラ州の第二の都市サンタレンは、ベレンからアマゾン河の上流にあり、アマゾン河本流に面した漁師町だ。

f0096068_642761.jpg赴任当時に友人家族とサンタレンを訪問して、二家族で20人乗り程度の船を一日チャーターして、アマゾン本流の散策に出かけた。






f0096068_6134653.jpg先ず、行った所は本流と支流の水が交わることなく流れている所で、この流れは1,000km上流のマナウスで、本流の茶色に濁った水と支流ネグロ河の澄んだ水が、混ざることなく並行して流れながら、サンタレンまで到達したのであろう。雄大なアマゾンの不思議な現象だ。



f0096068_6155191.jpg雨季には水没する島に上陸して、子供たちを水遊びさせた。








f0096068_6193844.jpg二度目の訪問は、撮影を依頼して日本から来た、友人のプロカメラマンを案内して、再びサンタレンを訪問した。







f0096068_6172536.jpg今回は子会社が所有する船を、1週間前にブレベス支店を出航させ、我々は当日1時間のフライトでサンタレンに入り、港から船に乗って周辺を散策した。






f0096068_622485.jpg乾季の間だけ出現する島に船を係留してヘッジ(ハンモック)で一泊することにした。







f0096068_6244433.jpgアマゾン河の水平線に沈み行く夕日の撮影や翌朝の日の出の撮影をしながら二日間楽しく過ごした。
この時、初めて無免許で船を操舵してみたが、慣れていない為か下手くそなのか、船が目的地に向って真直ぐに進まないのだ。
舵の切り返しの程度が分かっていないので、舵を回し過ぎになるのが原因のようだ。

食事は船員達が作ってくれたブラジル料理を、航行しながら食べたが、美味かったよ。
   

96. 近所の製材所から燃料にしかならない大鋸屑を大量に受け入れて、飼育していた豚の糞尿を混ぜて発酵させたものを、植林の堆肥として利用したことが、ブラジル全国工業連盟(CNI)の環境賞の受賞となった。

f0096068_6331089.jpg現在、NGO Asfloraの会長として活躍している佐藤氏が、当時荒廃地への植林を担当しながら、苦肉の策として産業廃棄物の大鋸屑を植林地に運ばせて堆肥を作るアイデアを実行した。
このアイデアは製材所にも、我々にも共にメリットがあるアイデアとなった。



f0096068_6423852.jpg荒廃地への植林は農業と同じで、先ず荒廃地を切り開き、開墾して整地した土地を耕して堆肥を鋤き込み植林をするのだから、農業そのものだ。






f0096068_638119.jpg植林をする苗木作りは、先ずポットに腐葉土を詰めて、種を植え込んで発芽させて苗床を作り、活着して、ある程度成長したものを整地・開墾・施肥した土地に植え込んでいく。





植林は時間も手間も費用も掛かる。植林後も草を轢いたり、追い肥をしたりと手間がかかるものだ。

f0096068_6483383.jpg苗床から苗木を植林地に運搬して、4mx4mでの植え付け後は、樹間に米・トーモロコシ・豆などの穀類を植えて、植林木の成長促進を図る。






f0096068_6495889.jpg半年もすると150cm~200cm程度に成長する。








f0096068_6511486.jpg2年経過すると10m以上になる。









f0096068_6525376.jpg5年経過すると20m以上に成長する。









アマゾン熱帯での木の成長は早いものだ。

f0096068_654527.jpgこの環境賞の授賞式が2000年12月に工業連盟会館の中であり、円形でリサイクルの環境循環を表現したトロフィーを授与された。






f0096068_657979.jpgこの授賞式には社外の二人の広報担当レポーターの絶大な協力があった。








思い出に広報担当と記念撮影。

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by wagahai_tt | 2009-09-21 06:58 | 印象深い事柄 | Comments(2)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(38)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

94. 1992年にニューヨークの友人と2人で、 フランス・スペイン・ポルトガルと、10日間のヨーロッパ旅行に出かけた。
事前の予約は、ニューヨーク~パリ間のフライトとリスボン~ニューヨーク間のフライトのみで、現地での移動手段やホテルは各地に到着後に手配しながらの気ままな旅だ。

パリ のドゴール空港に到着。
広大な空港では穴を掘って生活しているのであろうウサギの出迎えを受けながら到着、入国後にパリ市内のf0096068_22122070.jpg半日観光バスを手配し、市内の観光に出かけた。
昼食はオペラハウスの近くにある海鮮料理店で、海鮮盛り合わせ二人前を注文し、運ばれて来た大皿の上に盛られていた海鮮の多さにビックリだ。大食漢の二人でも食い切れなかった。




その後、 フランス新幹線TGV でリオンに入り一泊することにした。
f0096068_22155860.jpgフランス新幹線TGVは、走りながら狭軌道から広軌道に、更に在来線の駅に到着の時は広軌道から狭軌道に車輪幅が自動的に動くので、この時は車輪とレールの摩擦音が大きい。
広軌道に出た時のスピードは日本の新幹線より早いが、横揺れが激しく乗り心地は日本の新幹線のほうが遥かに良かった。


リオン に到着後、駅構内のツーリストでホテルの紹介をしてもらい、タクシーでホテルに到着。
f0096068_22192999.jpg夕食は、市内見学を兼ねてぶらぶら散策しながら、近場のレストランで食べて、ホテルで就寝。
翌朝は、リオンから国際列車の特急ファーストクラスのチケットを購入して、スペインのバルセロナまで南下した。
   











それにしてもヨーロッパの国際列車でフランスから国境を越えてスペインに入っても、スペイン側での入国パスポート検査で、検印すら押してくれなかった。
折角だからパスポートにカリンボ(ゴム印)を頼んだが、入国検査員が「カリンボを持ってないのだ」と言っていた。
何とも長閑な国境の通過だった。

f0096068_22232181.jpg寝台車でバルセロナ へ到着後、タクシーで現地のホテルを探すが、タクシーが案内したホテルは高級ホテルなので断わり、安いホテルの紹介を頼んだ。
案内された安いホテルは、二人で一泊40ドルの俄か作りのホテルだった。
聞けば昨年のオリンピックで、市内の殆どのマンションがホテルに改装されたとか・・・。
俄か作りのホテルは、ひどいものでベッドにはマットの下に合板を敷いて身体の落ち込みを防いでいた。
友人が寝たベッドは合板が無く、身体が沈み寝苦しかったようだ。
更に、壁が薄いのか朝から隣の部屋のベッドの軋みがリズミカルに聞こえる程だった。
この田舎町でのオリンピック開催は、街の生活形態まで変えてしまったのか、そんな印象を受けた。
   
f0096068_22361268.jpg市内観光で建築着工から200年経過したと言うサグラダ・ファミリア教会 は、完成まで更に200年かかるのではと言われていて、当時も工事中だった。











f0096068_224010100.jpgオリンピック会場を訪問した時、会場ではパラリンピックの競技 をやっていた。
観客は殆どいなくて、入場料は無料だった。





f0096068_22414613.jpg選手達は素晴らしい活躍をして、メインポールに日の丸の旗も揚がっていた。







そんなバルセロナを後にして、 マドリード に向う列車のファーストクラスに乗り込み、おもむろに将棋盤を出し将棋を指し始めた。
通路を通る乗客や、乗務員が「何だ、それは・・?」と聞いてくるので、「日本のチェスだ」と答えていた。
f0096068_22474421.jpgあまりにも将棋に熱中してマドリードの終着駅に着いたのも分らなかった。ごそごそと全員が下りるので確認すると、マドリードだった。
ここでもタクシーの運転手にホテルを頼み、紹介してくれた安いキッチン・ホテルに投宿した。
   

そのホテルから公園を通り抜けて首都の町並みを散策しながら、フラメンコの観賞と食事の出来るレストランへ歩いて行った。
f0096068_22493210.jpgレストランに到着すると、偶然にも現地の結婚披露宴を行っていたので、入場する花嫁を呼び止めて撮影開始。
花婿が迎えに来たので、更に一緒に撮影、我々も一緒に撮影しながら新郎・新婦 を引き止めていたので、会場からはブーイングが聞こえていた。
   
f0096068_22513462.jpgその後、食事をしながらフラメンコ のダンスを楽しんだ。
帰りに、ボーイがいたので彼の車で市内を案内してもらい、ホテルまで送ってもらった。ラテン民族は親切だ・・・。
スペインでは闘牛を見物したかったが、滞在期間が平日のため、闘牛はやっていなかった。
闘牛は日曜日の午後か、又は祭日の午後のいずれかにやっているようだ。
マドリードを出発し、いよいよ最後の目的地であるポルトガルの首都リスボンだ。
   
リスボン に到着する車窓で、樹木の下半分の樹皮の剥がしてあるもの、上半分の樹皮が剥がしてある山を発見、ホテルに到着後、状況を説明して質問したら、ボーイが奥からワインのビンを持って来て、蓋のコルクだ、と説明してくれた。実に親切な説明だったよ。
f0096068_22535766.jpg コルク の樹皮は、5~7年程度で回復して、再び収穫できるようだ。







f0096068_2333562.jpgリスボンに一泊し昼間の市内観光や夜の市内観光をした後、翌日ニューヨークへのフライトの為、空港のTWA航空カウンターで手続きをしたが、何故か私のチケットだけ許可されなかった。
聞けば米国のビザが無いので駄目だとの事。


「日本人は、米国のビザは必要ない、現にニューヨークからTWA航空で出発してヨーロッパ入国したのだ」と説明しても、ポルトガルのTWA航空のカウンターの女性は、頑として了解しなかった。
当時はポルトガルから米国への入国にはビザが必要なようだった。
   
その時、空港内のトラブル解決隊(?)の女性が私の名前を呼びながらカウンターの前に来たので、事情を説明、彼女がカウンター譲(年配)に説明し、理解できたのか、搭乗券の再発行をしてくれた。
   
最後の最後に、トラブルのあったヨーロッパ旅行を懐かしく思い出した。
f0096068_2361474.jpg無事ニューヨーク に到着し、友人のアパートに一泊して、翌日はサンパウロに向けて9時間のフライトだ。





これで記憶に残るヨーロッパ旅行 も無事終了した。

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by wagahai_tt | 2009-09-13 23:18 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(37)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

92. f0096068_848627.jpgアマゾンの森林の中を散策して出合った巨大木サマウマ、樹齢400~500年 とも言われている。
   






f0096068_851525.jpg巨大木だけあって、板根と板根の間で両手を広げても余りある広さだ。
この大木は、大人20人が手を繋いで一周するほどの太さがある。
   




f0096068_8523459.jpgこの大木は密林から頭一つ出している状態で、この大木の板根の一つを大きな石で叩いて、インディオの通信手段に使っていたようです。   
   





f0096068_8545678.jpgアマゾンではこの樹齢400年級の大木が、密林にも、街中にもあるので驚きだ。
   







サマウマもでかいが、 アサクもでかい。
f0096068_857379.jpgアマゾンの自然林の中には、この様なでかい木が点在している。


こんな大木が一本倒れると、周囲の数百本の幼木が、活発な生存競争を開始するのだろう。












これも自然のサイクルで、森林の活性化にもなり、CO2の固定化にも貢献する。


93. 現地に赴任後しばらくして、 ブラジル銀行 イコアラシ支店の副支店長エ    
ジソン氏と親しく交流し始めた。

f0096068_921581.jpgブラジル銀行は、大銀行だけあって行員の福利厚生施設が完備している。この福利厚生施設は、 AABB (Associacao Atletica Banco do Brasil)と呼ばれるアスレチックを中心にした施設で、全国各地の支店のある地域には、支店の大きさにより規模は違うが必ずある。
   
この施設は、行員から互選された人達が中心になって運営している銀行から独立した組織で、この施設に入会した行員は、給与から会費を払っている。同じ行員でも入会している人、していない人がいるようだ。
ベレンの施設の中には、大きなイベント会場、広い体育館、大人用・子供用のプールに天然湧き水を使ったプール、プールサイドには大きなレストラン、その他にドライサウナ・スチームサウナを完備したシャワールーム、2面のテニスコート、2面のバレーボールコート、2面のサッカー場を備えた広大な施設だ。
休日には、趣味の運動をする行員達の憩いの場として愛用されているので、広い駐車場も満杯になっている。
   
f0096068_95338.jpgこんなAABBがエジソン氏の計らいで、特別に永久会員証(Parmanente)を作ってくれた。
休日には家族や友人を連れてよく行ったものだ。
大きなイベント会場では、毎年一回行員の家族の中から15歳の女性の社会デビューパーティーを盛大に開催していたので、メーザ(テーブル)やカマロッチを一つ買い取り、友人と共に参加していた。
こんな記憶を懐かしく思い出した。

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by wagahai_tt | 2009-09-08 09:06 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(36)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

90. アマゾンで出合った熱帯フルーツの中で、 木の幹から直接実をつける、カカオやジャッカを見た時は、その実の付け方に強烈な印象を受けた。

f0096068_6445266.jpg カカオの種は、チョコレートの原料になる熱帯フルーツ。
グリーンの果実が熟れると黄色になり、収穫した果実はジュースにして飲んだりするが、あまり美味いものではない。





f0096068_6471446.jpg収穫した種は天日で自然乾燥して、チョコレートの原料にする。
田舎に行くと天日干しをしているカカオの種を見ることが出来る。






f0096068_6512682.jpg一方、 ジャッカ はバレーボール程の大きさになるフルーツで、カカオと同じように幹から直接実を付ける。
熟れると高い所から自然に落ちて来る、落ちて来たものでないと食べられないフルーツだ。



f0096068_6525684.jpg中を開くと種が多く、種の周りの白い果肉を食べるのだが、そのまま食べると、手がニチャニチャ・ベチャベチャになる。
更に、ジュースにして飲む食べ方もある。





f0096068_654756.jpg大きなフルーツなので、少人数で食べるのには多過ぎる。








これも印象に残った一つだ。


91. 現地で味わって印象に残った熱帯フルーツ の一部を紹介します。

f0096068_703365.jpgアボガドは、日本のものより遥かに大きく、3倍以上はあるだろう。
潰したアボガドの果肉にキャラメルを混ぜたデザートが、会社の昼食後によく出たが、美味かった。




f0096068_723882.jpgアサイは、アサイ椰子の紫色の小さな実で種は大きく、種の周りの果肉の部分は非常に薄く、ジュースやアイスクリームに使う量は、想像以上に多く、ジュースを搾っている小屋の裏には搾りかすの種が山になっている。



f0096068_752939.jpgアブリコは、子供の頭ほどある大きさの果物で、果肉は黄色で種は大きく甘味の少ない味で、食感は繊維質の無いマンゴーに似ている。





f0096068_77236.jpgアセロラは、既に日本でもお馴染みの、非常に酸味の強い味で、ビタミンCを豊富に含んでいる。健康にも美容にも良いようです。






f0096068_710344.jpgアータは、種の周りの果肉を食べるのだが、非常に甘くて砂糖をまぶしたようなジャリジャリ感がある。






f0096068_7123015.jpgビリバーは、形はアータに似た果物だが、果肉はクリーミーでヨーグルトに似た食感で、甘味もアータほど強くない。





f0096068_715522.jpgマンゴスチンは、果物の女王と言われている果物で、熟れると紫色になり、割ると中からミカンの房のような形の真っ白い果肉が出てくる。味は上品な酸味と甘味があり、食べ始めると中々止められない。



f0096068_717428.jpgドリアンは、果物の王様で甘味は強くないが、強烈な匂いがする。食べ始めると匂いにも慣れてくるが、ゲップはドリアンの匂いのゲップだ。





f0096068_7194926.jpgカムカムは、アセロラより少し大きい果物で、酸味も強く、ビタミンCはアセロラの倍もある健康にも美容にも良い果物だ。





f0096068_7223820.jpgクプアスは、茶色の非常に硬い殻に包まれた果物で、甘酸っぱい匂いが強く、部屋に置いているだけでクプアスの存在が分る。ジュースにしてもアイスクリームにしても現地では人気のある果物だ。



f0096068_7263819.jpgコーコは、緑色の椰子の実で、冷やして中のジュースを飲み、割って中の果肉も食べるが熟れていると美味い。






f0096068_7293829.jpgコーコセッコは、外側の緑の皮を剥いて繊維質の内皮の状態でしばらく放置したもので、このジュースを抜いた中にカシャーサを入れて2~3日するとコーコの甘味が移り、非常に味の良いカシャーサになる。



f0096068_7312019.jpgマラクジャは、酸味の強い果物で、ジュースやシャーベット状で食べるが、食べるとき小さな黒い種も一緒に食べる。





f0096068_7331097.jpgマンゴーは、日本でもポピューラーな果物で説明の必要は無いが、ベレンの街路樹のマンゴーは、緑色で香りも強く果肉は硬いが味は良い。





f0096068_7351142.jpgドラゴンフルーツは、サボテンの実で、赤い実に胡麻をまぶした様な果肉で、味は薄くて癖の無いものだ。






f0096068_7384728.jpgカポチーリャは、キウイを少し大きくしたような果物で、味は甘くジャリジャリ感の食感だ。






f0096068_7411691.jpgカジューは、赤く熟れた実はジュースに、出臍の様に飛び出した種の部分はカシューナッツになるが、漆科なので、種を生のまま口に入れるとかぶれて大変なことになるので要注意。

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by wagahai_tt | 2009-09-03 07:42 | 印象深い事柄 | Comments(0)