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ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(12)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

35. f0096068_7403032.jpg1992年10月、銀行の要望で会社の敷地内に銀行の支店 を建てた。
建物は我々の負担で、銀行の業務に関する設備機器やATM通信のオンラインシステムは彼らの負担だが、緊急連絡の無線は我々が負担した。
敷地内なので社員や出入り業者のみの対象で一般には開放しなかった。
これを契機に従業員の給与を振込みにした。
それまでは、従業員1,200名全員の給与を、 現金で封筒詰めにして支払っていた。
この作業が大変で、5人掛かりで、残業を含めて一日がかりだった。
先ず、銀行から金種別に必要額を引き出し、一部屋に缶詰で作業をする。
その上、警備が大変で、昼夜警備員を金庫室の前に張り付かせていた。
この振込制度に切り替えて、作業もセキュリーティーも楽になった。
ただ、銀行口座を作るにあたって、どのレベルの従業員を対象にするかが問題になった。
最低給与で、明日にでも解雇になるかも知れない従業員は、対象外にすることにした。
結局、 最低給与の3倍ランク以上 を対象に銀行口座を作ることにした。
銀行も出来るだけ沢山の口座開設が目標で、構内銀行設置を要望して来たのだから当然だが・・・。
構内銀行を建てて、今流に近いATMを設置して、夜勤の従業員が朝帰る時に現金を引き出して帰ることが出来るようになった。
それ迄夜勤者は、事務員の出勤を待って給与を受取って帰っていたが、ATMの効用を受けるようになった。
この対応は従業員にも大変喜ばれた。
会社の給与日は、従業員が帰途の社バスを降りた後に、よく路上強盗 に出くわしていたが、振込み制度に切り替えてから少なくなったようだ、
(当時の社員数は1200名だが、社員番号は当初から継続して13,000番台なので、市中には12,000名程度の人が過去に当社に係わっていたことになり、給与制度や帰宅時間などが周知されていたのであろう)。
f0096068_7412863.jpgその上、従業員が公共料金などの支払を、 休憩時間に行えるようになった。従来は、わざわざ会社を休んで(給料減)、市中の銀行まで支払に行っていたが、そんな時間も手間も必要無くなり、給与も減給されずに済むようになったので、会社にも従業員にも共にメリットがあった。


36. f0096068_7531697.jpg現地に赴任するまで知らなかったが、 亀は非常に美味い食材だ。
日本でも養殖のスッポンはあるが、天然の亀は食べたことが無い。
アマゾンでは亀の種類も多くいるが、食べるのは水亀で陸亀は食べたことは無い。




ムスワン と言う亀は、レストランで食べることが出来たが、最近は環境局(IBAMA)の取締りが厳しく、メニューから消えた。
現地住民が自らの食糧として捕獲するのは許されるが、商業目的での捕獲は取り締まりの対象となった。
ビッチュウ という亀は、スープにすると表面に亀の油が浮いて中々冷めないスープが出来る。しかも味が素晴らしく美味いスープだよ。
ペレーマ と言う亀は、圧力鍋に湯を沸かし、その中に生きたまま抛り込んで40分程待てば茹で上がる。これを捌いて肉にライムをたっぷり掛けて食べれば美味い酒の肴になる。最後に残るのは甲羅だけだ。
大きな亀 は甲羅を鍋にして焼くのだが、焼き上がると肉を捌いて食べることになる。これも岩塩とライムだけの味付けで、ビールが進む。
いずれも生きたままの調理なので、非常に残酷なようだが、現地の人達の動物性蛋白源である。

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奥地での動物性蛋白源は、亀以外にも、ジャカレ(ワニ)・ジボイヤ(ニシキ蛇)・タツー(アルマジロ)・カメレオン(大トカゲ)・ペーシーボイ(ジュゴン)・プレギッサ(ナマケモノ)・カピパラ(大ネズミ)など等、食材は沢山ある。
いずれも食べてみたが、それなりの味だった。


37.  f0096068_87251.jpg現地でマスコミ対応のトレーニング を受けた。
現役のテレビ局の美人ニュースキャスターにレポーターやアナウンサーが、会社に大きなテレビカメラを持ち込んでのトレーニングだ。



キャスターの指示で、レポーターやアナウンサーがマイクを向けるのだが、日本でも経験が無い上に、日本語ではなくポルトガル語での質問で頭が真白に・・・・。
“な~んも言えんかった。”
こんな質問には、 “こう答えて・・・。”
こう言う質問には、 “こう答えるのよ・・・。”
美人キャスターの優しい言葉も上の空 だった。
日本でも出来ない、こんな珍しい経験もした。
結局我々日本人ではマスコミ対応ができないので、 ポルタ・ボス(スポークスマン) でマスコミ対応することにして、新たに女性弁護士と契約した。

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by wagahai_tt | 2009-05-28 08:17 | 印象深い事柄 | Comments(2)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(11)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

33.  路上に駐車していた乗用車の車輪 が盗まれた。しかもジャッキも使わずに後輪の二本のタイヤだ、これには驚いた。
車の車軸に木材の角材を重ね車体を持ち上げて、車輪を外したのだ。
高さが変わっていないので、気が付くのが遅くなる。
時には乗り込んでエンジンをかけて、気が付く場合もある。
いくらアクセルを踏み込んでも前に進まないので、 降りてみると車輪が無い。
困っていると、近くにいるコソ泥集団の若者が、 タイヤを売りに来る。
買わないと動けないので、 結局買う羽目になるのだ・・・・。
「俺のタイヤだろう」 と言いたくなるが、値段も小遣い銭だから、そこは我慢して取り付けさせることになる。
奴らは何でもやるが、この発想にも感心させられたよ。

ある日、スーパーの出口で車の盗難予防器具 を売っている若者が、車の三角窓やアクセルとブレーキを固定する盗難予防器具を売りに来た。
話を聞いただけで買わなかったが、後日彼等が車両盗難の実演 をするのを見る事にした。
私の車で実演させたのだが、 実に見事に施錠されている車のドアーを開けた、 それも10秒前後で開けてしまった・・・。
これには驚いたが、それでも彼らから盗難予防器具を買うのは止めた、器具に精通している奴らから買えば、後日盗難されるかも知れない。
奴らはどう見ても車両窃盗団に見えたよ。
これも笑うに笑えない話だが・・。


34.  f0096068_6464459.jpgベレン市内のバーへよく飲みに行ったが、時々お目当てのウイスキーが無い場合がある。
そこでウイスキーのキープを教える ことにした。
我輩  :「このウイスキーを市価の二倍 で買うがどうだ」
マスター:「一本全部か・・?」
我輩  :「そうだ、どうする、売るか?」
マスター:「それでこのウイスキーを持って帰るのか・・?」
我輩  :「違う、ここに置いておく、次回来た時に飲むよ」
マスター:「置いておけばいいのか?」
我輩  :「そうだ、幾らで売る?」
こんな会話の後、 「69」とビンに名前を書いて キープすることにした。
次回飲みに行った時、マスターが「69」を取出し水割りを作ってくれた。
一時間ほど飲んで帰る時、
我輩  :「マスター勘定」
マスター:「これは お前のウイスキー だから金は要らないよ」
我輩  :「高いミネラルウォーターや氷も使っているよ」
マスター:「この店では水代などは取っていないよ」
我輩  :「そうかありがとう」
何度かこんなやり取りをしていたが、ある日マスターが、
マスター:「ウイスキーを一本売るのを止めたよ」
我輩  :「どうしてだ、なんで気が変わったのだ」
マスター:「一杯ずつ量り売りをすれば 36杯売れる、そうすると市価の5倍になる、それを2倍で売るのだから損だ」
我輩  :「このインフレ時代に2倍で買うのだよ、明日お前がスーパーで2本買って量り売りすれば、はるかに儲かるではないか」
しばらく沈黙して考えていたマスターが、
マスター:「ドーノ(オーナー)が渋っているのだ」
我輩  :「そうか、それなら仕方ないな」
折角儲かる方法を教えてやったのに残念だな。

f0096068_653521.jpg別のバールでもこの方法を教えて、キープしていたが、ある日キープしたはずのウイスキーが殆ど残っていない。
我輩  :「マスター、お前が飲んだのか」
マスター:「とんでもないよ、 お前のアミーゴが 来て飲んで行ったよ」

我輩  :「誰だ、そいつは」
マスター:「xxxだよ」
ブラジル人を嫁に貰った、同僚のxxxだった。
この野郎!!!!

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by wagahai_tt | 2009-05-24 06:59 | 印象深い事柄 | Comments(2)

ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(10)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

31.  f0096068_6434259.jpg女性が社会にデビューする日が、 15歳の誕生日だ。
この日ばかりは盛大な誕生日会 になる。
親戚・友人・知人を招待してのバースディー・パーティーとなるが、中流階級以上の家庭でないと出来ないパーティーだ。
招待状を受取ると、先ずプレゼントを買いに走ることになる。
招待状には両親の名前と主賓の名前と「娘の15歳の誕生日パーティーに招待します」 と書いてあり、その下に日時・場所が記してある。
当日は入口で主賓・両親の出迎えを受けて中に招き入れられる。
プレゼントは本人に渡す場合と、 大きな箱に入れて置く 場合がある。
一般的に招待時間は夜9時頃 であるが、9時に行くとまだ誰もいない。
10時頃から三々五々人が集まり始める。
11時には殆どの人が集まり、各テーブルで「乾杯!」 が聞こえる。
0時ジャストに15歳の主賓と父親がワルツを踊り始め、 その後、招待されている男性(独身・既婚を問わず)が、次から次と主賓を奪い合いながらワルツを踊る。1時間程度続くだろうか・・・?
その後食事になるので、 深夜1時ごろからの夕食となる。
帰宅は午前2時過ぎから三々五々に帰り始める。
このパーティーは招待する方も大変だが、される側も大変だよ。
f0096068_6452376.jpgこれが上流階級のパーティーとなると、 招待客が500名以上だ。
招待する側も、される側も正装でドレスアップ の服装になる。
広大な敷地の別荘でのパーティーで、入口でガードマンが招待状を確認後入場が許可されて、駐車場まで案内される。
広大な敷地には、主賓を披露するメイン会場になる建物、招待者が食事をする建物などが点在し、プールも三ヶ所点在している。
テーブルは建物内・プールサイド・中庭 などに並べて好きな場所で食べるバイキング形式の料理で、厨房では数名のコックがてんてこ舞をしているのが外から見ていても良く分かる。
日本で、我々一般庶民では味わう事が出来ない、豪華なパーティーだ。


32.  ブラジル・アマゾンでの救急病院(PSM) に、転落事故で頭を強打して意識の無い従業員を搬送した時、応対に出た医者が、
医者  :「治療代は誰が払うのだ」
駐在員 :「自分が払う」
医者  :「先に払ってくれ」
駐在員 :「今日は日曜日で銀行が閉まっているので現金が引き出せないが、必ず払う」
医者  :「小切手でも良いよ」
駐在員 :「今小切手を持っていない、家に取りに帰って来るので早く診察してくれ」
医者  :「それじゃ、取りに帰って来い」
駐在員が小切手を持ってトンボ帰りしたが、その間従業員は放置 されたままだった。
代金の小切手を渡し、手当てをしてくれたが、結局、 従業員は死亡した。
この従業員の葬儀費用は全額会社が負担し、私が責任者として参列したが、その時、従業員の母親が私の手を握り、
母親  :「お前は悪魔だ」
我輩  :「・・・・・」
母親の悔しさが痛いほど分り、言葉にならなかった。
   
ある金曜日の午後、 救急病院に交通事故による患者が搬送された。
その時、医者は別荘へ行く準備をしており、
医者  :「もう医者は帰っていない・・と言ってくれ」
職員  :「分りました」
その後、医者は別荘に向った。
金曜日の午後からは、特殊階級の人は別荘で友人達と杯を重ねながら 楽しく過ごすのが一般的だ。
当然のことだが搬送された患者は死亡した。
翌日の新聞報道で、 「息子を見捨てた父親」 と言う記事が報道された。
搬送された交通事故患者は、 その医者の息子だった。
何とも悲しすぎて、笑うに笑えない話だ。

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by wagahai_tt | 2009-05-20 07:21 | 印象深い事柄 | Comments(4)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(9)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

29. ある時、 車のシートベルト着用が 義務化された。
シートベルトをしていないと高額の罰金を払うことになる。
ブラジルの罰金方法は、警察官が見たときの車番(ナンバープレート)で、車の持ち主に対し、 後日罰金 が請求される。
罰金請求書には何月・何日・何時・何処で、こんな色の車が、こんな違反をしたと書いてある。
身に覚えがあろうが、無かろうが、 お構いなしだ。
罰金請求も、毎年の車検時に罰金を払っていないと、車検が通らないので、結局この時に、 不満があろうが、無かろうが、 支払うことになる。
車検は、ナンバープレートの末尾の数字で車検月が決まっていた。
混雑を避けるための手段だが、これも面白いやり方だ。
ブラジルの車検は書類のみで、 実際の車体検査はない。
そんなブラジル社会でシートベルトの着用が義務付けられたのだ。
ブラジル人のユーモアには、感心したよ。
なんとシートベルトを印刷したTシャツが 販売された、 しかも運転席用と助手席用とともに・・・。黒のベルトがTシャツに印刷されていると、警察官も騙されたものだ。
このTシャツは、まさしくシートベルトを着用しているように見えたよ。
ブラジルだから故の、 ユーモアのある光景だ。


30.  時間に対して非常にルーズな 国民性にビックリした。
これが大陸的だとも言うのだろうか・・・? 
違うだろう、相手の時間も無駄遣いしているのだぞ!!
ある日、 銀行の支店長から 10時に伺いたいが、都合は如何でしょう?とアポがあった。
我輩  :「10時なら会社にいるのでOKですよ」
支店長 :「分りました、10時に伺いますのでよろしく」
銀行との面談は、1時間もあればいいだろうと思い、11時に別の予定を入れた。
甘かった!!!
10時になっても来ない。渋滞で遅れているのかもと思いつつ銀行に電話をしたら、 当の本人が電話の応対 に出たではないか。
我輩  :「10時に来ると言うことだったが、キャンセルになったのか?」
支店長 :「急な来客があり出るのが遅れたが、今から行きます」
我輩 :「今から出るのなら着くのは11時過ぎだな」
支店長 :「そうですね、よろしく」
11時からの予定をキャンセルして待つことにした。
銀行にしてこうだから、他は押して知るべしだ。
でも、これが便利 なこともある。
ある日、急に出かける用件が出来て急いで出かけた。
部下から電話連絡があり、
部下  :「00銀行が来ていますが、どうしましょう?」
しまった、忘れていた!!!
我輩  :「相手の話を聞いておいてくれ」
部下  :「分りました」
こんな経験もあったが、相手は「来週にでも再び来るよ」 と全く気にしていなかった。
日本なら大変なことになっていたかも・・・。

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by wagahai_tt | 2009-05-16 07:22 | 印象深い事柄 | Comments(2)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(8)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

25. アマゾンの田舎では、学校もなく、文字や言葉を教えてくれる所が少な   
い。そんな離れ小島のポルテル植林地(面積33,000ha)に学校・教会・スーパーマーケット を作り、従業員を家族帯同で送り込み、植林事業に従事させた。
近隣諸島の住民も子弟を学校に行かせて勉強をさせ、日曜日には教会のミサに参加し、帰りにはスーパーで買い物をするようになった。
通学も・教会参拝もカヌーでの送り迎えで、のんびりしていいものだ。
真面目に授業を受けていれば、文盲もなくなるはずだが、アマゾン地域には未だに文盲の大人がいるのにも驚きだ。
さすがに病院までは建設できなかったが・・・。
このポルテル植林地に行くには、ブレベスから10時間の船旅 となる。


26. f0096068_8465461.jpg車に跳ねられた犬の死骸は、そのまま幅2mの中央分離帯に放置するのにもビックリだ。
でも、その後ウルブーという鳴かないハゲタカ が死骸を掃除する。
残っているのは骨だけで、完璧に掃除してくれるのにもビックリだ。






f0096068_8482294.jpgだが、時々この羽を持っているウルブー が車に跳ねられて死んでいるのを見かけた。
多分、食事に夢中になり逃げ遅れたのだろう、車もフルスピードで走っているので・・・。






27. f0096068_8514020.jpgアマゾンで木造の旧事務所 の時は、よく毒蛇 が侵入して来た。
アマゾンの蛇(コブラ)は、略90%が毒蛇で、しかも猛毒だ。
田舎に行けば片足の無い人や片腕の無い人がいるが、殆どの人が毒蛇に咬まれて切断した人達だ。





f0096068_8563647.jpg毒蛇の種類も多く、その上血清が田舎まで行き届いていないので、毒蛇に咬まれたら素早く咬まれた手足を切断 する必要があったようだ。
切断しなければ毒が全身に回って死を待つことになるだろう。



こんな毒蛇が事務所に入って来るので、社員は総立ちになり、 仕事どころではなくなる。
そんな時、何故か勇気のある社員が、棒で押さえて素手で捉まえるのだ。
その勇気に社員は喝采するが、咬まれた場合のことを考えていない。
咬まれても会社には血清もなく、危険そのものだ。
そんなエジバルド君を、今思い出したよ。


28.アマゾンの日本企業(大手商社)が撤退するに当り、彼らが所有する拳銃3丁の引取の依頼 があった。
我輩  :「弾が出る拳銃なら引取りますよ」
商社  :「一度試し撃ちしてみて下さい。こちらから拳銃を持参しますから」
   我輩  :「分りました、来週の金曜日に持ってきて下さい」
   その日までに構内に射撃できる場所と的を作り、金曜日に試射することにした。
   商社  :「この拳銃です。撃ってみて下さい」
保安要員に拳銃を渡し
我輩  :「撃って見なさい」
「バン」「バン」 問題なく弾が出たのは言うまでもない。
その時、毎回銀行まわりで警備に連れて行く保安要員に、腰のホルダーに入れている拳銃を「撃って見ろ」と言った。
保安要員が腰の拳銃を取り出し、的に向って引き金を引いた。
「カチッ」「カチッ」 何度やっても拳銃の発射音がしない。
全く手入れをしていなかったようだ。
その後、手入れを義務付けたのは言うまでもないが、1~2ヶ月に一度、敷地内で試し撃ちをやらせることにした。
こいつ達を連れて、 現金運搬や銀行回り をしていたのかと思うと冷や汗が出たよ。
弾も長く保管していると湿気で駄目になるケースもあり、古い弾から使うように指示して射撃を実行させた。
この事は、日本からの進出企業の集りで「笑い話」 になり、月一回の進出企業の食事会(親和会)では、いつまでも話題になった。
私にしてみれば、 笑うに笑えない話だが・・・。

f0096068_9111033.jpgその後、現金運搬には拳銃だけでなく、ショットガン も携行するようにした。
ただ、企業がショットガンを所有するには軍隊の許可が必要だが、許可は下りなかった。



我社に近隣する会社は殆ど強盗に襲われた 時期で、かなり危機感が増して、緊迫していた時期なので、駐在員の個人名義での所有として、 3丁のショットガン を購入して会社で使っていた。
ショットガンの威力は彼らも知っているので、威嚇にはなったのであろう。
幸いにして不幸な事件・事故は起きなかったので事なきを得た。

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by wagahai_tt | 2009-05-12 09:17 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(7)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

22.  日本では経験できないことを、ブラジルでは多く経験させてもらった。
その中に一つに、デノミネーション(デノミ)がある。
ハイパーインフレが昂進して、レストランでの食事も札束を用意しなくてはならず、自ずと個人の小切手発行が増えてきた。

f0096068_6541715.jpg個人も当座預金口座を開設し、家内にも銀行にサイン登録をさせて、買い物などで小切手を発行した。
個人での小切手発行 も初体験だ。




私の給料が月額1億 に達したのもこの時期だ。
給料が1億と言う単位も初めてだ(円単位でないのが残念だが・・)。
そんな中で、突然政府が1,000分の1 のデノミを発表した。
実施と同時に、新通貨呼称の発表と新貨幣の発行を行ったが、国土も広く全国に出回るのには時間もかかり、自ずと新旧両貨幣の併用となる。
聞けば、インフレで桁数が増えたので、 政府のコンピューターの桁数が不足して デノミを実行したと言う噂もあったが、我々が日常業務で使用していたパソコンでも問題だったので、この噂には真実味があった。
勤務時代に、このデノミを3回経験した。
即ち、貨幣単位が10億分の1 になった事になる。

【通貨呼称の変遷は、(赴任時)クルゼイロ(CR$)→クルザード(CZ$)→  ノーボ・クルザード(NCZ$)→クルゼイロ(CR$)→レアル(R$)(現在)と僅か20年間で目まぐるしく変わった。】


23.   ブラジル時代に、米国のシティー・バンク やチェス・マンハッタン・バンク、f0096068_7536.jpg更に英国のロイズ・バンク などと取引をしたが、そんな中でそれぞれのお国柄を感じたのもこの頃だった。
シティーやチェスは米国最大手だけあってスケールも大きく情報量も非常に多く持っていた印象であったが、英国のロイズ・バンクには日本と同じような島国を感じさせる固さがあった。


f0096068_775372.jpgある時シティー・バンクから、米国とブラジル国の間で「スワップ取引」 の提案があり、興味を持って検討したが、取引の最低単位が1口(1口=100万ドル)以上と我々現地企業としては大口資金が必要で、しかもこの取引資金で、米国の中で新規起業する具体案がまとまらず諦めた。
この場合の「スワップ取引」とは、 米国企業がブラジル国内で資金を必要とし、ブラジル企業が米国内で資金を必要とした場合、資金の相互交換を行う取引を指す。この取引は、お互いにそれぞれ相手国内のシティー・バングに口座を開設し、米ドルは我々の米国口座に、クルゼイロは相手のブラジル口座に振り込むことになるので、双方とも国内取引で為替取引にはならない。
即ち、ブラジル中央銀行を介した正式な為替取引ではないので、 一種の闇取引 になるのであろう。
特に為替の自由化をしていないブラジルで、中央銀行の煩雑な手続きによる許可を必要としない取引なので、魅力的な手段だったかも知れない。
シティー・バンクだからこそ出来た取引方法なのだろう。
シティー・バンク以外は、ブラジル国内の現地法人だったが、シティー・バンクは何故か、ブラジル国内に設立した米国シティー・バンクのブラジル支店であったようだ。


24.   ある日、昼食後の休憩時間に、 保安係より 緊急連絡があり。
保安 :「二人組みの不審者が敷地内に侵入したので、保安詰め所へ連行途中に、彼らが隠し持っていた拳銃を発砲してきたので、応戦した結果、 2人を撃ってしまった 」
現場に急行して見ると、既に二人をワゴン車に乗せていたが、保安係りが伏せて撃っているので、一人は左の腋の下から入った弾が肩口から抜けて首に当り、血泡を吐いていた。
残りの一人は腰の辺りに 弾が当り唸っていた。
我輩 :「すぐに救急病院へ搬送しろ。それから警察へ連絡しなさい。」
報告を聞くと、当社の保安要員が敷地内を巡回中に、不審者を発見。
保安本部に無線連絡しながら二人組みの後ろ10mを歩いていたら、いきなり隠し持っていた拳銃を発砲して来た。
とっさに身を伏せて携行していた拳銃で応戦し、当方には被害なし。

f0096068_7292351.jpg当社の保安要員20名は、全て軍隊経験者 であり、銃の取り扱いには慣れている。
警察の現場検証と事情説明を終えた頃、病院から帰ってきた保安要員の報告では、血泡を吐いていた一人は病院で死亡、後の一人は腰の脊髄を損傷し、助かったとしても、今後は車椅子生活になるとの事。
この拳銃は38口径の回転式6連発のリボルバー なので威力はある。
警察の説明では、この二人は五人組の片割れで、その前に街道でビール会社のトラックを襲い、現金強奪して警察に追われていた犯人達で、たまたま二人が当社の敷地に逃げ込んできたようだ。
当社の敷地は253ha(2,530,000m2)と広く、コソ泥もよく出没していた。

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by wagahai_tt | 2009-05-08 07:34 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(6)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

17.  ブラシルでの買い物は値切るのが当り前だ。値切り代が値段に含まれているようで、値切らずに買うと高いものを買う羽目になる。
何でも、どこでも、 値切るのが当り前 になり、しつこく値切る習慣が出来た。
そんな一時帰国の時、 デパート高島屋 で値切ってしまった。
店員が根負けしたのか、私が根勝ちしたのか・・・・。
我輩 :「ブラジルからの一時帰国中なのだが、ブラジルでは値切るのが当り前なのだよ」
店員 :「ここは日本のデパートですよ。」
我輩 :「デパートでは値切れないの?上司に相談してみてよ・・・」
店員 :「しばらくお待ち下さい、上司に聞いてきます」
しばらく待つことにした。
店員 :「上司に聞いてきました、 5%だけ値引きします。
他には言わないで下さいね」
我輩 :「分った、言わないよ」
遂にデパートで値切ってしまった。
娘  :「もう! お父さん、恥ずかしいよ」
と一緒に居た娘が言っていたが、「駄目元だよ(駄目で元々)」、値切ってしまえば娘も文句を言わなくなったよ。


18.  ブラジルでは、車内にゴミ箱を置いていないので、車で走っている時、  
ゴミは窓を開けて全て外に「ポイ」、 窓の外は大きなゴミ箱 の感覚だった。
市内は掃除をする人が最低給与で働いている。
「我々がゴミを捨てなければ、彼等は失業だよ・・」、なんて悪態をついていた。
一帰国時の空港から自宅までの車の中で、いつもの習慣で窓からゴミを
「ポイ」。
娘  :「お父さん、ここは日本よ!! ブラジルではなのいよ!!」
反省・反省・・・。


19.  熱帯アマゾンでのバスルームは、固定式の水シャワー が一本だけだ。
夜は、スコールの後で気温も下がり、寒いので お湯のシャワー が欲しい。
そこで200ボルトの電源に電熱器 (ニクロム線)を接続してシャワーヘッドに取り付け、お湯のシャワーにする。
蛇口をひねって水を出すと、自動的に電熱器のスイッチ が入りお湯が出始める。
湯加減は、 出す水の量で調節する優れものだ。
最初は感電しないかと心配したが、お湯を出している時に電熱器に触らない限り感電はしなかった。
 
  
20.  サンパウロはブラジルの南部で四季のある地域だ。
サンパウロ勤務時に、アパートにバスタブ はあるが、お湯は出ない。
水を溜めて電熱器 を入れて沸かすのだが、これが優れものだ。
電熱器の名前が「デンスケ」 で日系人が必要に駆られて作ったものだ。
「デンスケのスイッチを入れたまま入らないで下さい」との注意書きはあるが、スイッチを入れたまま入っても感電はしなかったよ。
「早く入りたいし、入っている時に冷めてきたら追い炊きしたいし」、こんな横着な理由で、入ったまま200ボルトのスイッチを入れたのが切欠で入るようになったが、 感電事故 が起きなかったのが不思議な位だ。
皆さんは真似をしないで下さい。


21.  ブラジルは最低給与制で、 当時は国民の約60%が最低給与で働いていた。
そんな状況の中でも、真面目に働いている社員を対象に、 年一回昇給 させていた。
ある日、社員が私に・・、
社員 :「セニュール、今回は、昇給してくれてありがとう」
我輩 :「真面目に仕事をしているからだよ、良かったな、これで一本多くビールが飲めるのではないか」
社員 :「セニュール、自分はビールを飲まないよ」
我輩 :「そうか、それならどうするのだ?」
社員 :「セニュール、自分は貧乏人だが、知人にはもっと貧しくて 子供も沢山いる奴がいるので、一人引取って 養うことにしたよ」
我輩 :「・・・・・・」
言葉が出ないほど感動した。
後日、この社員が一枚の写真を見せに来た。
社員 :「セニュール、この子が前回話した子供だよ」
貧しい者同士の助け合い、 昔の日本にもあったような気がするが・・。

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by wagahai_tt | 2009-05-04 06:36 | 印象深い事柄 | Comments(2)