「ほっ」と。キャンペーン

<   2008年 03月 ( 9 )   > この月の画像一覧

カルチャーショック 77


スロットルを引いてエンジン全開で離陸したテコテコ(セスナ機)は、上空でスロットルを半分戻しての飛行にカルチャーショック。(エンジン音が急激に小さくなる。おいおい大丈夫か? 失速して墜落しないだろうな? 大丈夫だよ!! と燃料をケチるパイロットとの会話に・・。)




ブラジルのトラック運転手の仕事は、運転だけで他の仕事はしないのにカルチャーショック。(積込み、シートやロープがけが終わるまで、どこかで休んで待っている。これも雇用促進なのかな・・・・。)




乗用車の運転手も運転以外は、殆どしないことにカルチャーショック。(どこかで休んで次の運転指示まで待っている。)




ブラジルでの、おいで、おいでのジェスチャーは掌を上に向けての、おいで、おいでにカルチャーショック。(日本では掌を下に向けてのお出でだが、ブラジル人には向うに行って、帰って、バイバイの意味になるようだよ。)




オーボ・デ・パスコア、チョコで作った頭大の大きなタマゴ、割ると中から色んなキャンディーが出て来る優れものにカルチャーショック。(復活祭イースターにちなんだもので、毎年子供達が楽しみにしているタマゴだよ。)

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-28 07:14 | カルチャーショック | Comments(12)

ブラジル紹介: ブラジル大統領の足跡  3 -(終)


*F・エンリキ・カルドーゾ大統領時代
在任期間: 1995年~2002年の8年間(再選で2期続投)

1995年   1月 カルドーゾ新政権スタート
(2月 阪神・淡路大震災)

3月 宮脇植樹祭・・日伯修好100周年・パラー州日系商工会議所10周年記念行事

7月 脱指数化・・レアル・プラン1年でインフレ指数廃止(ハイパーインフレ撲滅)

9月 ベレン日本人学校1996年度より休校を決定

11月 日伯修好百周年紀宮様御来伯

1996年3月 在校生卒業によりベレン日本人学校休校式
非常に残念で仕方ないが、日本の進出企業の減少も時代の流れなのか・・・。
日本人学校跡地は現地の幼稚園に貸与することにした。

8月 トヨタ現地生産開始(カローラ)

9月 パラナ州クリチーバ市長に日系人谷口氏当選・・移民88年の快挙

1997年   5月 ヴァーレ・ド・リオ・ドッセ社民営化による競売・・内資系グループが落札、政府の財政改善策。

平成天皇・皇后両陛下ベレンをご訪問・・5月31日9時7分日本政府特別機にて直接ベレンに到着。

6月 大統領再選憲法改正案可決により再選が可能になった

7月 ブラジル総人口157,079,573人・・IBGE発表

11月 ブラジル初の国産ロケット打ち上げ失敗・・マラニョン州アルカンタラ発射基地

サンパウロ猛暑35.2度・・エル・ニーニョ現象の影響

1998年   1月 環境犯罪法制定(Lei Ambiental=環境法)

3月 ロライマ州大火災・・エル・ニーニョ現象の影響

4月 南米銀行(Banco America do Sul)経営破綻・・日系社会が育てた銀行で、旧富士銀行と資本提携していたが、政府のインフレ政策により破綻・・イタリア系のスダメリス銀行に吸収される。

5月 BMD銀行(サンパウロ)・BBC銀行(ゴイアニア)両行の清算

9月 カルドーゾ大統領再選される

1999年   1月 ミナス州イタマル州知事(前大統領)が州債務のモラトリアム宣言
レアル7.5%切り下げ・・変動相場制(為替バンダ制廃止)
新労働時間体制スタート ・・週5日体制(週44時間)

2月 為替US$/R$2.0648、年初来70.88%のレアル安
PIS・Cofinsが輸出売上以外の全収入が課税対象に変更になった ・・国内売上・金融収入・為替差益etcが対象で大増税策に困惑

3月 為替US$/R$1.7220、16.6%レアル高・・年初来42.51%レアル安

6月 CPMF(小切手税)施行・・2000年6月16日まで0.38%、以降0.3%

10月 中国・ブラジル共同人工衛星打ち上げ成功

2000年   1月 リオの海岸コパカバーナでトップレス解禁となる

3月 パラー州政府経済開発基本プロジェクト発表
1・・・農業開発(植林事業を含む)
2・・・地下資源開発(鉱物開発)
3・・・観光開発(エコツアー)


5月 IBAMAベレン長官Paulo Castelo Brancoが収賄現行犯で逮捕される。

2001年1月 社団法人Asflora(Instituto Amigo das Floresta Amazonica)設立。我々の手で環境団体を設立する運びとなった。

2月 アマゾン開発庁(SUDAM)の不正発覚・・全役員免職処分

3月 江沢民中国主席来伯

4月 北伯開発庁(SUDAM)と東北伯開発庁(SUDENE)閉鎖・・汚職の巣摘出

SUDAMの終焉で、アマゾン地域の免税恩典も終焉となった

7月 全国的節電体制突入・・パラー州15%節電目標(内工業11%目標)

9月 米国にてテロ発生・・世界貿易センタービル崩落・国防総省破壊(9月11日、9.11事件)

パラー州選出のジャーデル・バルバーリョ上院議長の国会議員辞任・・SUDAMの不正に対する抗弁が困難になった為に議員を辞任した。

10月 米国テロ報復攻撃開始・・7日アフガニスタン・タリバン政権とオサマ・ビン・ダーレンを標的

2002年   1月 領事館より「安全対策連絡協議会」召集(外務省公式会議) ・・日本進出企業・日系社会団体等を対象に召集(1月28日)

4月 チャベス政権崩壊を狙ってベネズエラでクーデター ・・(4月12日)・・一日で失敗


赴任期間中に日本では経験できない事を、公私に亘り数多く経験できたことは、私にとって大変有益な経験となった。 



*ルイス・ルーラ大統領  
2003年~現在に至る。(再選で2期目を続投中)
[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-25 23:54 | ブラジル紹介 | Comments(6)

ブラジル紹介: ブラジル大統領の足跡  2


*フェルナンド・コロール大統領時代
在任期間: 1990年~1992年の3年間(任期途中に弾劾裁判有罪で退任)

1990年  3月 コロール新政権経済政策発表 
1.金融政策で預金封鎖・・18ヶ月間据置、12ヶ月分を分割解除、自分の預金が使用できなく、市中資金不足により不況深刻化
2.物価政策・・生活必需品は政府の統制価格で、それ以外は価格凍結で政府が発表す指数で価格調整する。
3.為替自由化・・公定為替率廃止・・自由変動相場制導入
4.行政改革・・公務員一部解雇、赤字公団解散

1991年   1月 コロールプランⅡ発令

1.価格・給与凍結
2.インフレ指数(BTN)廃止
3.オーバーナイト資金運用・短期ファンド廃止
4.国営企業の財政管理強化


2月 湾岸戦争終結・・27日米ブッシュ大統領停戦宣言

3月 南米経済共同体(Mercosul)調印・・ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイの4カ国がパラグアイ首都アスンシオンにて1994年12月31日発足協定に調印

5月 22日・23日ゼネスト突入・・労働者行動せず失敗

10月 ローマ法皇ヨハネ・パウロ2世訪伯・・第二回目
ウジミナス製鉄所競売による民営化・・最低売出価格を14%上回る

1992年1月 ベネズエラでクーデター発生・・
チャベス政権下の不況を伴う経済政策を不満に、軍部の若い強硬派の決起であったが・・・精鋭部隊による鎮圧でクーデターが失敗

5月 コロール大統領不正疑惑で糾弾される ・・大統領実弟(Pedro Collor)が糾弾

8月 コロール大統領の弾劾裁判開始決定・・実弟の糾弾により「コロール・ゲート事件」に発展、弾劾裁判開始決定(賛成411票・反対38票・保留1票・棄権23票)を受け上院は弾劾裁判開始、同時に大統領は180日間憲法に従い休職、(この時のコロール大統領による買収工作が1票100万ドルとの噂。)
イタマル・フランコ副大統領・・大統領代行に就任

10月 ウリセス下院議員(PMDB前党首)ヘリコプター事故で死亡

12月 コロール大統領、弾劾裁判で有罪確定・・8年間公職活動禁止


*イタマル・ブランコ大統領時代
在任期間: 1993年~1994年の2年間(コロール大統領の残余期間)

1993年   1月 イタマル・ブランコ大統領代行が大統領に就任

4月 大統領制か議員内閣制か国民投票実施・・大統領制55.5%で現状維持確定

5月 カルドーゾ蔵相就任

6月 ブラジル南部3州独立宣言「パンパ連邦共和国」 ・・連邦警察介入でクーデター鎮圧

7月 輸出業務のコンピューター化(Siscomex)スタート・・相次ぎ問題発生

8月 金融取引税=小切手税(IPMF)施行、小切手発行額に0.25%の新税。

*デノミ実施 1/1,000通貨呼称がCruzeiro⇒Cruzeiro Realに変更

新給与法可決・・給与調整率はインフレ率よりマイナス10%に設定で給与所得とインフレは乖離する一方で庶民が苦しんだ時期だ。

9月 IPMF(金融取引税)課税中止判決・・最高裁

1994年   1月 予算審議委員会汚職調査結果・・国会議員43議員調査(議員権剥奪18議員、無罪11議員、継続調査14議員)

3月 新指数 URV(Unidade Real de Valor)導入

5月 ベレン日本総領事館の福沢磨智子領事が自宅で強盗に殺害される
アイルトン・セナF1レースで事故死(イタリア イモラ・サーキット)

7月 通貨呼称 Realに変更 CR$⇒R$ 為替は 1US$=0.89R$でスタート

10月 カルドーゾ元蔵相大統領選に勝利・・1回投票(54.3%)で当選

*1/1,000のデノミを過去3回の実施で通貨単位が10億分の1になったが、実際には紙幣が変わっただけで実態は何も変わらなかった。

“ インフレの昂進で、政府のコンピューターの桁数容量が不足してパンクする状態なので1千分の1のデノミを実施したと言われるが、本当かなぁ~? ”
意外に本当かも知れなぁ~。

(1/1,000のデノミ=昨日まで1,000円だった商品が、今日から新1円になる。)

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-23 07:43 | ブラジル紹介 | Comments(10)

ブラジル紹介: ブラジル大統領の足跡  1


ブラジルの各大統領の足跡をみると、その時代の状況を思い出す事ができる。
赴任から帰国までの期間を、大して面白くもないが主観的に思いつくまま記載してみた。
各大統領の政策内容は、日本では考えられないようなカルチャーショックばかりだ。

1976年 9月 ガイゼル大統領訪日
1977年 7月 言論統制・・軍政令でテレビ・ラジオによる政見発表全面禁止
1979年~1984年 ジョアン・バプティスタ・デ・オリヴェイラ・フィゲイレト大統領

1984年7月~2002年10月、ブラジルへ赴任から帰国までの期間限定で、各大統領の国際的や政治的な政策は別にして、主に我々の生活に直結した事柄を中心にその足跡を、我が儘に3部に分けて簡単に項目を記載してみます。

“この時こんな事があったんだなぁ~・・と勝手に思い出します・・・・。”
 
 

*タンクレット・ネーベス大統領 

1985年 3月 国民投票によるタンクレッド政権誕生で民政スタート、軍政の終焉。
(軍政から民政へ移行)

*ジョゼ・サルネイ大統領時代 
在任期間: 1985年~1989年の5年間(在任期間1年延長した。)

1985年 4月 ジョゼ・サルネイ政権誕生・・4月21日、タンクレッド新大統領が就任直前に死去 したために、サルネイ副大統領が大統領に就任した。
感染症による病死のようであったが、当時は暗殺説も流れた。

11月 サマータイム導入で12月から6月までの6ヶ月間、時間を1時間早めた。
北部アマゾン地域は赤道直下の為に年間を通じて日の出・入りの時間差は殆どなく効果がないので夏時間を導入しなかった。

1986年 2月 経済安定プラン発表
1.1/1,000デノミネーション・・通貨呼称をクルゼイロからクルザード
(CR$⇒CZ$)に変更し、通貨も新たに発行した・・・。
2.価値修正制度廃止・・インフレ0%が前提なので当然かも・・・。
3.賃金及び物価を凍結・・インフレ0%が前提なのでこれも当然。
4.為替の固定化・・海外との関係を無視した政策。
5.失業保険制度設定・・不況による解雇に対する政策。

1987年 1月  社会協定決裂・・政府主導によるインフレ対策に対し政府・企業・労働組合の三者による経済政策協定を試みたが失敗した。
価格凍結解除・・社会協定決裂により、解除が余儀なくされた。
銀行金利・・・・・預金金利 800%/年 貸出金利 1,000%/年インフレ昂進が高金利を生んだが、殆どがインフレで実質金利は微々たるものだった。

2月 モラトリアム宣言・・債務不払い宣言で諸外国の不信を買った。
返済時期の到来した外債や外債利子支払停止及び外資企業の利益配当送金も禁止した。
価値修正制度復活・・インフレの昂進で企業の不満が出て復活せざるを得なかった、復活でインフレ利益控除が可能になった。

3月 銀行のストライキ勃発・・政府のインフレ政策に不満で、全銀行が9日間のストで市場大混乱、預金・出金・手形・小切手・借入・貸出のすべての業務がストップで企業も個人も困惑した。

5月 新価格統制令・・価格の値上げを制限し、更に値上げの認可制を実施し、国家供給管理庁(SUNAB)により監視・統制を行った。

6月 新経済政策発表 
1.物価・賃金凍結・・再度の凍結でインフレの低減を図った。
2.URP(標準価格単位)新設・・物価の標準価格指数を設定。           
3.諸契約価格の調整(引下げ指数)etc・・契約期間により契約価格を引き下げてインフレ抑制を図った。
リセッションの深刻化で倒産企業続出した時期だった。

1988年 1月 新労働法制定・・労働者に対して有利な政策。
1.不当解雇補償制度・・理由なく解雇した労働者に対して給与1ヶ月分を支払う罰金制度。
2.週44時間労働・・48時間を44時間に短縮した。
3.時間外労働割増給・・残業時間給与の50%増し。
4.産休120日間(夫は8日間)・・出産後4ヶ月の有休休暇。
5.フェリアス(法定休暇)に1/3の割増賞与支給を制定不況で失業率が高い時期にそんな新労働法を設定していいのか・・?
益々雇用が困難になった時期だ。

5月 新工業政策発表 
1.輸入制限緩和・・国内産業の保護策の一部緩和
2.輸出事前許可制度廃止、etc・・自由に輸出が出来るようになった。
*サルネイ大統領任期5年(1年延長)を国会決議決定

6月 金融政策変更により、インフレヘッジの目的でもあったドル預金制度が廃止となった。
新党PSDB誕生(PMDB離党議員により)初代党首マリオ・コーバスで,後のカルドーゾ大統領を輩出した政党。
文仁親王殿下(礼宮様)ベレンご訪問(ヒルトンホテルにて物産展。

9月  新憲法完成10月5日公布予定
モラトリアムの終結宣言を行った(約1年半続いた)。  
    
10月 新憲法発布・・労働時間240時間⇒220時間/月に短縮
     
11月 新憲法下で全国統一地方選挙実施(与党PMDB大敗、企業の支持が得られなかった)
     
12月 インフレ率月間28.79%、年間累計インフレ率933.62%で過去最高を記録 、(ハイパーインフレ突入)=物価が1年間で約10倍になった時期。

1989年 1月 新経済政策“夏プラン”  (Plano de Verao)発表
1.諸物価・料金凍結、
2.賃金凍結、
3.1/1,000デノミ実施、通貨呼称ノーボクルザード(NCZ$)
4.為替切下げ(1US$=1NCZ$)、
5.価値修正制度廃止・・再度廃止した。 
6. 公団・公社整理統合
      
2月 *価値修正制度・・企業決算バランスシートにおいてのみ復活した。
昭和天皇「大喪の礼」・・サルネイ大統領訪日、10億㌦の融資約束を取付け、(竹下首相時代)
      
4月 第二次「夏プラン」発表・・価値修正復活(修正指数OTN⇒BTNに変更)
      
6月 [夏プラン」失敗・・インフレ昂進
      
7月 中銀による為替集中管理・・減少を続ける外貨準備高を維持する目的で集中 管理を行い、外資企業の利益配当送金等も中断した。

1989年 11月 フェルナンド・コロール・デ・メロが大統領選を制す (若干40歳)

*価値修正制度・バランスシートの固定性勘定(固定資産、長期債権・債務、資本勘定)を人為的に、政府が設定する一定率で修正する制度であり、結果として企業の決算利益からインフレ利益を控除する制度で、ハイパーインフレ下では効果を発揮した制度である。インフレ沈静化と共に必要なくなった制度で、現在は廃止されている。
“インフレ利益にまで課税されてはかなわんよな・・・。”
この制度は公共料金・税金・一般の債権債務・契約など等、全ての期日のあるものに適用された制度で、支払期日を過ぎた債権・債務の額は全てこの修正率で修正された。

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-20 10:23 | ブラジル紹介 | Comments(6)

カルチャーショック 76


テコテコ(セスナ機)が着陸するマラジョ島の奥地の飛行場は、1m程に成長した草原にカルチャーショック。(チャーター便で島を訪問した時だが、目の前の草原を見て、おいおい大丈夫か・・? パイロットは平気で着陸したよ。)




テコテコは現地で帰りの給油をするが、燃料は座席の後ろのポリタンクの中にカルチャーショック。(現地に給油所は無いので予め積んで行く、これでは事故の時は危険だよな・・・・・。)




テコテコでアマゾンの支流であるガマ河の横断に約1時間かかるのにカルチャーショック。(支流も広いが、川面に写る機影の小さいことにもびっくりだ。上から見るとトンボが川面を飛んでいるようだったよ。)




テコテコをチャーターする時、まずパイロットに聞く事は、 「お前は今までに何回墜落した?」 にカルチャーショック。(今まで一度も落ちたことの無いパイロットはNO、落ちた経験のあるパイロットは落ちる方法を知っていると言う事でOKだよ。)




テコテコの着陸態勢はまるでジェットコースターにカルチャーショック。(急に右旋回しながらの着陸は、助手席では殆ど横になった状態で、身体が外に飛び出しそうだよ。彼等の操縦は荒っぽいよ・・・。)

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-17 07:12 | カルチャーショック | Comments(12)

Asflora活動報告(2008-03)


Asfloraから3月度の活動報告が届いたので、紹介します。

本日(3月7日)、伯国パラ州サンタバルバラ市サンベント部落(州都ベレン市より75km)にて、午前9時半より11時半まで植樹祭を行いました。
参加者は300人でした。参加者の8割以上が、基礎教育課程の生徒(小学生)です。参加者は近辺6つの各集落にある市立学校の教員、生徒と集落の代表者、市職員たちでした。

伯国東京農大会北伯会分会の重鎮の方々、山中分会長、福島さん、加味根さんも友情参加?してくれました。開催地をサンベント部落とお知らせし、道案内図もお渡ししていたと思ったのですが、ご三方は案内図を持たずに来て、あやうく迷子になってしまうところだったそうです。こんな片田舎で、知る人ぞ知る部落での植樹祭開催でしたが、300人を超える参加者で大賑わいでした。

用意していたホットドック260個が足りなくなり、更に60個追加しましたが、まだ回り切らなかったので、300人を超えていたのかもしれませんが、すばしっこい子は、2つ目をせしめていました様子も窺がえます・・・。

サンタバルバラ市長のジョゼ・エズマエル氏はお医者さんで、植樹祭前の挨拶に立ち、環境の健全さが人間の健康を守ることを強調していました。
そして、木を植えることからアマゾンを守る気持ちを育んでいこうと呼びかけています。

同市農務部長ボスコ氏は、今回の試みで、森をつくること、短期農作物と椰子、永年果樹、樹木を組み合わせていくことで、持続的な農業モデルをつくり、家族経営農民(小農)が土地から離れずに暮らせるようになって欲しいと熱意ある挨拶をしています。

この植樹祭の土地のそばに、アグロフォーレストリーのモデル畑(0.5ヘクタール)が造成中です。

今回の植樹と零細農民支援のアグロフォーレストリー(立体農業とか森林農業とも言われる)のモデルつくりは、 Asflora(アマゾン森林友の協会、エーデル会長)が、サンタバルバラ市役所の協力を得てモデル畑を担当しています。
この植樹祭に遠く日本から、いつもAsfloraを支援して頂いているNPO地球と未来の環境基金の古瀬理事、今回スポンサーになって下さった(財)日本国土緑化機構の大島常務が参加してくれました。
植樹祭は元気な子供たちで大いに盛り上がりました。

大島常務からの挨拶で、 「日本の市民による「緑の募金」の浄財が生かされて、このアマゾンの一角で緑豊かな畑と森を育み、地元の方の生活向上と地球環境に貢献してゆくことへの期待」が伝えられ、盛大な拍手で迎えられていました。

f0096068_6391669.jpg
↑植樹地は、おおよそ50mx60mの放棄されていた農地跡です。イぺー、サマウマ、フレイジョ、ファーバ、ジャトバ、アカプーなど約20種、1,000本の苗木を、混植密植方式で植樹しています。

各参加者はとても優しく植えていました。
1992年からの混植密植方式の植樹経験では、熱帯の豊富な雨と太陽の恵みを得て、2年後には既に森になった姿をお見せできることでしょう。

f0096068_6405173.jpg
↑ノーベル平和賞2004年受賞のケニアのワンガリ・マータイ女史が提唱している「モッタイナイ」植樹運動の、ブラジル初のMottainai植樹版でもありました。(写真後方のキャンペーン横断幕)
Mottainai(勿体ない)の感覚すべての物と命を大切に、感謝をこめて・・・この標語は、素直に子供たちに受け入れられている感じがしました。

f0096068_6443073.jpg
↑左から4人目が、今回のモデルつくり支援対象農家のミゲル家長(50歳)。一人置いてボスコ農務部長、ミゲル夫人、エーデルAsflora会長(右端)。

f0096068_6454549.jpg
↑左から、古瀬(NPO地球と未来の環境基金)、大島((財)日本国土緑化機構)、福島、山中、加味根、佐藤

今回ご支援して頂いた、団体・財団や協力して頂いた市当局・学校関係者の方々に深く感謝いたします。

報告者:佐藤=Asflora理事



今回、Asfloraの植樹活動が毎日新聞の記事として報道されました。
以下は掲載当日の記事です。


MOTTAINAI:海外で初の植林 ブラジルの小学生、苗木1000本
 
<もったいない>

「MOTTAINAIキッズ植林プロジェクト」が7日午前(日本時間同日夜)、南米ブラジルのパラ州サンタバルバラ郡で開かれ、3000平方メートルの耕作放棄地に、地元の小学生ら約300人が広葉樹の苗木1000本を植えた。06年2月に始まった同プロジェクトが海外で行われるのは初めて。
 アマゾン川の河口に位置する同郡では、小規模農家が耕作を放棄することによる森林劣化が問題になっている。植林は、アマゾンの小規模農家が森林を守りながら農業ができるよう、森づくりと果樹栽培や農業を組み合わせた「農林複合経営」を推進する一環として実施。現地NGO「Asflora」(アマゾン森林友の協会)の活動に、国土緑化推進機構緑の募金やMOTTAINAI緑の募金が支援して実現した。
 植林に先立って、大島克郎・国土緑化推進機構常務理事が「MOTTAINAIという言葉は、地球環境問題を救う合言葉になるでしょう」とあいさつ。子どもたちが大事そうに苗木を植えていった。【山本建】
毎日新聞 2008年3月8日 東京夕刊

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-13 06:50 | Asflora | Comments(10)

カルチャーショック 75


大学の会計学部を卒業すると、公認会計士の仕事ができるのにカルチャーショック。(弁護士同様、卒業後会計士協会に登録するだけで会計士業務ができ、決算書にも法人税申告書にもサインが出来る。)





男の子の丸坊主は大学合格の証にカルチャーショック。(丸坊主で自信に満ちた顔は喜ばしい。)





ブラジルでテコテコと呼ばれるセスナ機は、助手席の右上にある小さな穴を調節しながら外の風を取り入れて、扇風機代わりにカルチャーショック。(左ハンドルのパイロット席の上にもあり、これでキャビン内の温度調節をする。飛行中だから強烈な風が入ってくるよ。)





各地のメイン空港に、アエロ(空の)タクシーと呼ばれるテコテコ(セスナ機)があるのに、カルチャーショック。(メイン空港から田舎へ行く場合に、チャーターして利用するセスナ機だが、車で数時間かかる所をテコテコでは数十分で到着、まさしく空のタクシーである。)





マラジョ島の定期便路線以外の場所への訪問は、テコテコをチャーターして行くのにカルチャーショック。(チャーター機だから我々だけだが、帰りは現地の病人を町まで運ぶ事もあるよ。)

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-10 08:09 | カルチャーショック | Comments(14)

ブラジル紹介:農作物シリーズ


農作物の一部を紹介します。


13.マンジョカ芋

マンジョカ芋の植え付け後の風景、このまま1年以上放置しておけば土中に立派な芋が成長する。
f0096068_7381244.jpg


f0096068_7393419.jpgこの芋は痩せた土地でも育つので、あまり手をかけなくても良い作物です。

マンジョカは青酸性の毒があると言われ、生のまま食べると危険なので、必ず火を通して毒性を飛ばして食べることになる。




f0096068_7454973.jpg食べ方は、摩り下ろした芋を搾って火に掛け炒った物がファリーニャと呼ばれてアマゾンの準主食になっている。










f0096068_7473722.jpg写真のファリーニャはサンパウロで購入したもので、色が白く肌理の細かいものです。

フェーラ(朝市)では黄色で肌理の粗いものから細かいものもあり、種類も豊富ですよ。





f0096068_7505322.jpgこれは我が家で先日、ファリーニャをバターで炒めて、そこに炒めた玉葱を加えてファローハにしたものです。









搾り汁を火に掛けて沸かしたものがツクピー液として食べられている。

ツクピー料理は、中に入れるメインのものでその呼び名が、パット(アヒル)のツクピー、ガリーニャ(鶏肉)のツクピー、タマタ(魚)のツクピーと言ったように区別している。
ツクピー料理に付き物のジャンブーと言う野菜は、食べると舌先・唇に痺れ感を感じるが、この痺れ感が何とも言えない旨さになり、日本人に合う味わいで嵌ってしまう料理だ。

芋を油で素揚げして塩味で食べる、フライドポテトのような食べ方もある。

f0096068_7533865.jpg又マンジョカ芋の澱粉で作ったタピオカは、フライパンで焼いたものにバターを塗って食べると、もちもち感が美味くてついつい食べ過ぎてしまう。









f0096068_757888.jpgマンジョカ芋の葉っぱを使ったマニソバと言う料理がある。葉っぱを挽いて粉にしたものを、毒素をなくするために4~7日間煮込んで作ります。
煮込む時に牛や豚の内臓を塩味で一緒に煮込むのは、フェィジョアーダと同じで、出来上がったものをご飯にかけて食べます。

見た目は良くないが、食べると美味いよ。

f0096068_7595033.jpgツクピー液に干しエビを入れて炊き込んだものに、ゴマと呼ばれるドロッとしたマンジョカ芋の澱粉を入れて食べるタカカスープも美味しい食べ方である。





タカカを食べる時は何故か専用の器がある、これはコーコ(椰子の実)を半分に割って、硬い部分を削り出して作ってあり、色んな絵を描いたものもある。


f0096068_831954.jpgf0096068_854816.jpg










f0096068_874280.jpgf0096068_88234.jpg












今回で農作物シリーズは、ひとまず終わりです。
[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-07 08:22 | 農作物 | Comments(14)

カルチャーショック 74


ブラジルの宝くじ、ロッテリアの賞金の多さにカルチャーショック。(数字を6個当てるくじで、当選者が出なければ累積されるので当選額もデカクなる。)




ブラジルの子沢山、貧しい家庭にも子供が多いのにカルチャーショック。(子供に対する愛情は豊かでしかも強いよ、少子化に直面している我々日本人もブラジル人に学ぶべしだよ。)




大学に合格した男子学生は丸坊主で、ペンキだらけにカルチャーショック。(合格するとみんなで祝ってくれるが、丸坊主でペンキも塗られて汚いよ。)




大学合格の女子学生もペンキと水掛の洗礼にカルチャーショック。(男子も女子も大学合格の祝いは結構汚れるよ、でも嬉しい合格だ。)




ブラジルでの大学合格はエリートコースの確約にカルチャーショック。(日本と違い、進学率は低く、大学の数も少ないので、合格するとエリートコースだ。)




大学の法学部を卒業すると弁護士資格があるのにカルチャーショック。(日本と違い、特別資格試験(司法試験)があるわけではなく、弁護士協会に登録するだけで弁護士活動ができるが、実戦経験がものを言う世界だ。)

[PR]
by wagahai_tt | 2008-03-03 07:07 | カルチャーショック | Comments(18)