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ブラジル旅行記:帰国・富士山初冠雪

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f0096068_13495898.jpg10月6日(金)いよいよ今回の旅行も最終日になり、午後のベレン国際空港のレストランで、今回お世話になった人達と昼食のフェジョアーダに舌つつみ。







f0096068_13531294.jpg午後のフライトでベレン空港を後にし、アマゾン上空で一枚撮影。









f0096068_13541985.jpgコクピットも一枚撮影、(機長マニアルを読んでいるの?・・失礼)
計器飛行中なのか、副操縦士が操縦しているようだ。






首都ブラジリアでは乗り継ぎ便の大幅な遅れなどで、サンパウロで夜中に出発するJALに乗り継ぐ時間も殆どなくなり、JALの職員の誘導で通関を終え飛び乗った次第だ。

f0096068_13585449.jpgニューヨークでのトランジットも無事乗り切り一路成田へ・・・。











f0096068_1405810.jpg広いケネディー空港では機内で長いフライトの順番待ちにうんざりしながら・・。











10月8日(日)17日間のブラジル旅行から成田に無事到着し、入国手続きも終わり、3人ともホッとした矢先、JALより荷物が未到着の連絡。友人二人の荷物が、サンパウロに積み残しになり、翌日のニューヨーク便にて到着予定との事。
JALの手配で到着後の宅配便手続きを行った後、大阪空港伊丹便のJALに乗込み、空いた後部座席の3人かけのシートに着席、離陸後それぞれ空いているシートに移り、ゆっくりと伊丹へのフライトに身を任せた。
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成田を飛び立ち数分後に東京湾を過ぎ、右手に初冠雪の富士山が出現、上から見る富士山に感激しながら、疲れの中でついうとうとと・・。
急な揺れで目が覚めると伊勢湾上空辺りを通過中、揺れに任せて再びうとうと・・・。
着陸のショックで目が覚めて、降りる準備を始めた。

2006年のブラジル旅行は、全て終了した。3人とも無事に楽しい旅を終えて安堵している。
旅行中に新たな出会い・偶然の出会いを楽しみながら、又ベレンでは友人・知人に大変お世話になり、感謝の念に耐えない。

ありがとう。
無事の帰国に乾杯!!!
 
      

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by wagahai_tt | 2007-06-27 14:09 | ブラジル旅行 | Comments(14)

ブラジル旅行記・アマゾン遊覧

f0096068_18572012.jpg大型クレーンをそのまま残して、船積み用の倉庫の面影を残しながら改装して新たに作ったレストラン街。









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f0096068_192564.jpgそのレストラン街の一角から、夕方5時半頃出発でアマゾン遊覧に出かけた。
若者のデートスポットにもなっているエスタッション・ドッカから、パラ連邦大学のキャンパス辺りで折り返しをする1時間半弱の遊覧となる。



f0096068_195658.jpgガマ河からベレンの町並みを眺めながらの遊覧。












f0096068_1963452.jpg漁港には漁船が係留されている。













f0096068_198750.jpg川に浮ぶ大きなバウサ(艀)、ビールでも運ぶのか・・・・。












アマゾン河に沈む夕日を見るのがメインだが、天候次第であり、今回は曇り空で夕日を見ることは出来なかった。
帰りは既に日も沈み、夕暮れの舟遊びとなった。

その間、船上では音楽バンドとパラ州の民族ダンスであるカリンボダンスで乗客を楽しませてくれた。
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f0096068_19263248.jpg最後は乗客を巻き込んでのダンスになり、美人に誘われると断わる事が出来ないので、美女と踊ることになった。










(お恥ずかしいが、緊張のあまり顔が引きつっています。)

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by wagahai_tt | 2007-06-23 19:32 | ブラジル旅行 | Comments(12)

カルチャーショック 39


現地の医者が処方する薬は、目的には素晴らしく効くが、薬の副作用はあまり考えていないのにカルチャーショック。(現地では薬も高く、一般庶民は薬代がかなりの負担になる、しかも薬を処方して貰うだけで2時間待ちには、耐えられないので、一発で効く薬を処方する医者を選ぶ傾向にある。医者も患者確保のためにか、キツイ薬を平気で処方する。)



近くの薬局数社と契約を結び、従業員は身分証明書だけで薬が購入できることにカルチャーショック。(支払いは給与引きに、薬局は従業員より会社を信用してくれていたのであろう。)



従業員の薬代を給与引きにしたら、給与の半分以上が薬代にカルチャーショック。(本人だけでなく家族・親戚の薬代も含まれていたようだが。)



1992年10月、銀行とタイアップして会社の敷地内に銀行支店を設立し、従業員の利便性を図ったことにカルチャーショック。(日本では考えられないが、これにより最低賃金で働く従業員が毎月休暇を取って、電気代・ガス代等の支払いに行かなくて済む様になったし、最低賃金3倍以上の従業員給与も振込みで支払うことで、危険な現金運搬が軽減された。更に給与日に従業員が帰宅途中襲われるリスクを軽減することもできた。夜勤の従業員用に夜間ATMも設置で、銀行もよく決断してくれたことだ。)

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by wagahai_tt | 2007-06-20 21:14 | カルチャーショック | Comments(6)

ブラジル紹介:銘木・マホガニー(モギノ)材


ブラジル時代にお世話になった知人が、ご子息の結婚式のお返しとして、特別注文してブラジル人に作らせた、家紋入りの一輪挿しです。
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ブラジルまで出向いて式には参列は出来なかったが、お祝いをお送りしたら、一時帰国の際にわざわざ持って来て頂いたマホガニー(モギノ)材で作った一輪挿し。
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銘木であるマホガニー材で作ったものは綺麗なものだ。
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でも、今ではこのマホガニー原木は絶滅危惧種として伐採禁止活動の対象樹種になっています。

<余談>
以前ブラジル時代に、家内が自家製の豆腐を作るために、木箱を作ってくれと言うので、マホガニー材で豆腐製造木箱を作ったが、木の赤い色素が水に溶け出すので赤い豆腐が出来上がり、使い物にならなかった記憶がある。

銘木マホガニー材と言ども使い道を誤ると、単なる木片になってしまいます。

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by wagahai_tt | 2007-06-17 07:00 | ブラジルグッズ | Comments(8)

カルチャーショック 38


ある日仲間が全身ジンマシンで入院した、見舞いに行って原因を聞いたら、我々に隠して、日本からの土産の日本酒を独りで毎日少しづつ飲んでいたらしい残っている一升瓶の酒を見ると底の方がどんより濁っているのに、カルチャーショック。(熱帯で防腐処理をしていない一升瓶の日本酒をベッドの下に隠していれば腐るよな。みんなで飲めば一回で無くなるが、入院しなくて済むのに・・・・。)



日本ではなかなか飲めない銘酒が海外で飲めるのに
カルチャーショック。(土産用に持って来てくれる酒は、越の寒梅・雪中梅などで、日本にいる時よりも銘酒をよく飲んだものだ。)



風邪を引いた時、医者が処方した風邪薬を、処方通り一日3回食後に飲んだら、風邪は治ったが全身がジンマシンに、しかも頭のてっぺんから足の先まで全身一皮剥けたのに、カルチャーショック。(現地のブラジル人に聞けば、あんな強い薬を3回飲んだら駄目だよ。この薬に慣れているブラジル人でも一日1錠だよ。)



この風邪薬によるジンマシン事件以降、なんとなく体質が変わってカルチャーショック。(今思うに、この時以降体質が変わったようで、薬効ジンマシンが出易くなったような気がするが、気のせいかな・・・。)

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by wagahai_tt | 2007-06-14 19:05 | カルチャーショック | Comments(6)

ブラジル紹介:カステロ要塞


1616年、ポルトガルのカステロ・ブランコ率いる艦隊がアマゾン河口を征服し、ここに要塞を築いた。
この時からカステロ要塞の歴史の始まりであり、同時にベレン市の歴史の始まりでもある。
ベレン市は今年391年の誕生日を迎えたことになる。

f0096068_812596.jpgこの要塞はアマゾン河の支流、ガマ河沿いに建設され、 英国、フランス、オランダの攻撃に備えたようです。
当時はガマ河に向けて数十本の大砲が設置された要塞であり、当初の将軍の名前を取ってカステロ要塞と呼ばれている。


かつては要塞の中にマンゴの木も生茂り、木陰でビールを飲みながら、愛を語らい合えた市民の憩いの場でもあったが、今ではベレン発祥の記念碑的スポットとして、2002年12月にマンゴの木も切り倒され整備されてリニューアルオープンし、観光客を楽しませているが、昔の面影が懐かしい。

f0096068_8175629.jpgこのカステロ要塞の構内には、当時のインディオとの出会いに始まるベレン発祥の歴史を展示する博物館(写真撮影禁止)があり、出土品や、当時使用していた大砲の弾丸等の展示もあり、昔を偲ぶ事が出来る。




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f0096068_826582.jpgカステロ要塞から見たベロ・オ・ペーゾの魚市場もベレンの観光スポットになっており、下町の一面を見せてくれる。









f0096068_8283995.jpgカステロ要塞の隣には海軍の宿舎だった建物があり、厳重な警備が行われていたが、今ではその建物も、11 de Janela(11の窓)と呼ばれる現代アート美術館となり、中にレストランが併設され、市民に開放されている。



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<余談>
海軍宿舎の時代は、民間人が入ることが出来なかったが、入口に立っていた衛兵にトイレをお願いしたら、親切にも衛兵はわざわざ上官の許可を取って宿舎内のトイレに案内してくれ、小便が終わるまで、自動小銃を片手に後に立って待っていた。実弾入りの自動小銃が気になり落着いて小便が出来なかったが、日本人だから案内してくれたのであろう?こんな思い出が残る場所でもある。

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by wagahai_tt | 2007-06-10 08:36 | ブラジル紹介 | Comments(8)

カルチャーショック 37


規模の小さい日本人学校運営委員会でも、発生する諸問題は大規模学校並みにカルチャーショック。(文部科学省への予算申請・教師の派遣要請、小・中学生の各学年の教科書の依頼、etc)



文部科学省認可の日本人学校でも、現地では私立学校扱いにカルチャーショック。(運営資金は、一部日本の国家予算と進出企業の分担金及び父兄の学費負担で学校運営をした。)



日本国が承認している日本人学校も、ブラジル国では未承認にカルチャーショック。(日本人学校中学部を卒業しても、ブラジルの高校受験資格なし、受験には改めてブラジルの小学校から出直しが必要だ。)



日本人学校中学部卒業生は、日本に帰国し、帰国子女として高校進学か、アメリカンスクールへの進学かの二者択一にカルチャーショック。(日本人学校を卒業しても、ブラジルの学校への進学はできないので仕方ないが。)



アマゾンのベレン日本人学校の運動会は、児童・生徒より、父兄が中心に、カルチャーショック。(複式学級で児童・生徒数が少なくて、父兄が頑張らなくては運動会にならなかった。)

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by wagahai_tt | 2007-06-06 06:45 | カルチャーショック | Comments(4)

ブラジル紹介:蒸気自動車


ベレンの下町にあるエスタッション・デ・ドッカという港で、船積み用の大きな倉庫3棟を改装して作ったレストラン街。
仕切りのない広い倉庫にレストラン数十社が入ってひしめき合っている。
テーブルや椅子の形で各レストランの識別ができるが、壁・仕切板のようなものは一切なく、建屋の中と外の川縁にテーブルを並べている。

屋内では天井のレールにゴンドラを吊り、バンドを乗せて、動きながら各レストランの上からお客に生演奏を聞かせている。
頼みもしないのに勝手に演奏を聞かせて、勘定書きには生演奏分の料金も含まれている。

このレストラン街の屋外の川縁に展示されている蒸気自動車。
初めて見た時は、小さな蒸気機関車だと思って見ていた。
蒸気自動車を知らなかったので、まさか蒸気自動車とは思ってもみなかった。
いつの時代に、どこを走っていたのかは定かではないが、ここに展示してあると言う事は、ベレンの市内を走っていたのであろう。
これもヨーロッパ文明の名残か・・・・。

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*蒸気自動車は蒸気機関を用いて駆動する自動車で、動力を用いて進むことのできる、人類初の乗り物であった。
蒸気自動車が発明されたのは1769年とされ、蒸気機関車(1804年)や蒸気船よりも古い。発明者はフランスの軍事技術者、ニコラ=ジョゼフ・キュニョーである。(ウィキペディア日本語版より引用)

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by wagahai_tt | 2007-06-02 18:37 | ブラジル紹介 | Comments(6)