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カルチャーショック 10


街の救急病院(PSM)には朝から長蛇の列、赤ちゃんを抱いたお母さんも灼熱の太陽の下で2~3時間待ちに、カルチャーショック。(それでも見てくれれば良しだ。)



PSM(救急病院)に怪我人を運び込んだ時、まず聞かれたのが「誰が払うの?」「心配しなくていいちゃんと払うから」「先に払ってくれ診るから」、カルチャーショック。(人命より金が大事なの?。)


金曜日にPSMに運び込まれた交通事故の患者、医者が診察を断って、週末の別荘に出かけた。患者は放置され死亡、死んだ若者はその医者の息子だった、カルチャーショック。(新聞で読んだ記事だが、何処でもあり得る話だな。)


普通の下着のシャツを着て、布製ヘッジ(ハンモック)に寝た時、背中を蚊に刺された。「えぇ~ハンモックとシャツを通して刺すの?」、カルチャーショック。(蚊の針が長~い。)



路上に止めていた車のタイヤが盗まれた。しかもホイルごと2本も。目が点に、カルチャーショック。(路上でタイヤがなくなった車を想像して・・・。)
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by wagahai_tt | 2006-08-28 19:28 | カルチャーショック | Comments(14)

サルバドール

ポルトガル人により発見されたブラジル。ポルトガル王朝はその第一歩として、1549年にサルバドールに総督府を置き、1763年にリオデジャネイロに総督府を遷すまで政治・経済の中心として発展したサルバドール。ブラジル発祥の地と呼ばれる所以である。

歴史的な建造物・教会等数多く残っている町である。経済発展に伴いアフリカから奴隷(Escravos)として黒人が多く送り込まれた。現在サルバドール市は人口約350万人、その80%を黒人が占めている。


f0096068_20112882.jpg大西洋に砲口を向けた大型大砲が数基設置された要塞(Museu Nautica da Bahia)。サルバドールの海岸線には下町と上町の地理的に落差の大きい場所がある。







f0096068_20121323.jpg以前は荷物を担いで昇り降りしていたが、今ではエレベーターが設置されている。4基の大型エレベーターがフル稼働しており、1回20センターボス約5円で乗れる市民の足となっている。







f0096068_20125937.jpg下町にはみやげ物売場等のマーケットがあり、エレベーターに乗り上町に昇ると、そこには重厚なヨーロッパ文化が感じられる街並みが広がる。







f0096068_20135899.jpgかつて奴隷の売買取引を行っていた場所は、今では市の博物館になっている。博物館から市中を散策しながら歩くと大きな公園に出くわす。







f0096068_20191348.jpg長閑な公園で白人女性の髪を細い三つ編みにする黒人の男女。白人女性はスエーデン人で、日本にも行ったことがあるとのことだった。又公園には、民族衣装の黒人女性も多く、見て楽しましてくれる。
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by wagahai_tt | 2006-08-25 20:32 | ブラジル紹介 | Comments(6)

カルチャーショック 9


ゴルフの後は居合わせたメンバーで乾杯しながら、お互いの家庭料理に舌づつみに、カルチャーショック。(それぞれの家庭が料理を持参、単身・独身にはありがたい。)



ブラジルで農園を経営している日系人の中には、自分の農園の一部を整備して9ホールのゴルフ場を造ってメンバーに開放してくれる。思い入れがあるのか素晴らしいゴルフ場になる。ゴルフ場は小さいが、彼等の気持はデカイ、カルチャーショック。(2箇所のゴルフ場がそうだ。)



ブラジルの買物では値切るのが当り前、駄目元で値切ってしまう。日本に帰ってデパートで値切った。娘達のヒンシュクも同時に買った、カルチャーショック。(でも、まけてくれたよ、日本のデパートも捨てたものじゃないな。)



ブラジルは為替の自由化をしていないため、公式でのドルの流通はない。従って、米ドル紙幣は闇ルートでの取引となる。だが新聞に発表される為替レートには公式ドルレート(商業用レート・旅行者用レート)と闇ドルレートの両方の掲載に、カルチャーショック。(日本円は需要も流通も少なく、知人と交換することになる。)
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by wagahai_tt | 2006-08-21 21:23 | カルチャーショック | Comments(4)

ブラジル人に感動、アミーゴ(友人・友情)の社会

・タクシーの運転手

現地は車社会で飲みに行くのも車で行くのが常であったが、赴任当初は地理不案内、ハンドル・交通とも左右逆などで、現地に慣れるまで運転は控えた方が安全だ。そんな時は個人タクシーを利用するが、諸先輩からタクシーに関しての不愉快情報が多くインプットされていた。
まず、目的地へ遠回り・つり銭がない等々であるが言葉の問題で日本人が泣き寝入りのケースが多い。

私の場合も飲み屋(カラオケ)から自宅のアパートまで、初めて乗った人相のあまりよくない運転手が料金支払時に「つり銭がない」・・。
「最初からかよ~」と思い不愉快になりながら・・、

私:「つり銭がないのなら今回は払わない、次回会った時に払うよ。」
運転手:「OKセニョール、いつもあの飲み屋のところに居るから次に会った時に払ってくれたらいいよ」
私:「う~ん・・」、不愉快情報とちょっと違うな・・・。

次回飲みに行った時に例の運転手が「セニョール」と声をかけて来たので利息と信頼の対価で、前回のタクシー代の倍額を支払ってやる事にした。
「オブリガード、やはり日本人は信用できる」と言っていたのが印象的だった。

それ以来、私が車に乗り始めるまで約1年間、約束もしてないのに他の乗客を断ってまで、いつ帰るか判らない私の帰りを待って自宅まで送ってくれた。

私が車に乗り始めると関りがが無くなったが、ある日会社の車で来客を接待し、一杯飲んだ後ホテルまで送り届ける途中にエンジントラブルになり、お客に押してもらうがエンジンが始動せず立ち往生している時、たまたま通りかかったタクシー運転手が「セニョールどうした?」・・・・「おぉ~お前か・・・」。

運転手もいろいろ手を尽してくれたがエンジンは全く反応なし、運転手曰く「車を置いて自分のタクシーでホテルに行こう、車は直して明日の朝アパートの下まで持って行くよ」。ブラジル人の来客が「信用したら危ない、車が無くなるぞ」、運転手が「大丈夫だ彼とはベンアミーゴだ」この会話を聞きながら迷った挙句、運転手に任すことにした。

翌朝一番にアパートの下を見たが車が無い。“やられたか”と思いながら家内のポンコツ車で現地に、“あぁ~、運転手が一人で、しかもオイルだらけで直している” 感動!


私:「おはよう」
運転手:「セニョール、直るまで後しばらくかかるよ」

私は同僚に連絡し事情説明後、ホテルまでポンコツで来客を迎えに行き会社へ。

1時間後同僚が車を運転して出社して来た。
同僚:「運転手は修理代も請求しなかったよ、ベンアミーゴだな」  再度感動!

人を信用するのが良いのか悪いのか、今回のケースは彼を信用して、たまたまうまく行ったケースだが、全てがこのように行くとは限らないので、難しい。
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by wagahai_tt | 2006-08-17 20:19 | 感動 | Comments(12)

カルチャーショック 8


アマゾンには山がないが丘はある、果てしなく続く一本道、マッチ箱程度に見える遥か前方のカヘッタ(=トレーラー)、近づくとタイヤの数が26本、日本の1.5倍はある大きさに、カルチャイーショック。(広大な大陸だから1回の輸送効率アップが必要・・。)



ブラジルのトラックは広大な国土を走るため、パンク対策が施してある。応急対策としてコンプレサーでタイヤに空気を補充しながら走ることが出来る、カルチャーショック。(何もない所を走り抜けるための必需品だ。)



アマゾンの田舎は西部劇映画そのものだ。乗り物が馬から車に変わっただけで、何も無い所を走っていると前方に次の町が現れる、カルチャーショック。(最近は次第に開発が進んでいる。)



山がないアマゾンの平地を切り開いた9ホールのゴルフ場、キャディーは近所の子供達に、カルチャーショック。(池に入ったボールも潜って拾ってくる。)



アマゾンのゴルフ会員フィー、家族会員で月1万円程度の会費で何回でも好きなだけ楽しめる、カルチャーショック。(しかも家族で。)



アマゾンのゴルフ場、エントリーもなくお互いに譲り合って都合の良い時にスタート出来る、カルチャーショック。(ゴルフの原点ここにあり。)
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by wagahai_tt | 2006-08-11 22:44 | カルチャーショック | Comments(4)

トメアス

アマゾン日本人移民の町トメアスの歴史を簡略に紹介したい。

ブラジル移民第一回は1908年(明治41年)笠戸丸により開始した。ブラジルは1888年奴隷制度を廃止した為、農業労働者が不足し、日本からコーヒー農園の契約移民として791人が移民したのが始まりである。

f0096068_1912381.jpg1933年臼井牧之助氏(女優小山明子さんの父)がシンガポールからピメンタ・ド・ヘイノ(胡椒)の苗木20本を持ち込み、内2本が活着し、1952年のピメンタ景気の元を作った。
1935年この時期まで適作物も定まらず開拓者は困窮の極みに達し、植民地からの退出者が相次いだ時期でもある。又悪性マラリアも大流行し、多くの移住者の命を奪ったのもこの時期である。

1939年第二次世界大戦が勃発、ブラジルは1943年、ドイツ潜水艦によるブラジル輸送船撃沈を契機に、枢軸国に宣戦布告をした。パラ州政府は、日本人移民者を敵国人としてその財産を没収すると同時に、アマゾン全域の日本人をトメアスに収容した。
この時から移民の町トメアスの始まりである。
僅か2本の苗木から始まったピメンタ栽培は1952年に大高騰し、植民地は黄金時代を迎え、年産800トンに達した。
ピメンタ景気の始まりであり、1972年にはピメンタ生産が史上最高の5,000トンに達した。
その後病虫害の発生もあり、ピメンタ景気も上昇・下降を辿りながら今日に至っている。
その間日本への出稼ぎなどでピメンタ栽培を止めた人も多い中で、一部歯を食い縛って頑張った人が、今ではピメンタ大農園を営んでいる。

f0096068_1955362.jpg州都ベレンより230km離れたトメアスへの交通はガマ河を渡すバウサ(フェリー)だけであったが、2002年橋が開通し、今では陸路でトメアスを訪問する事が出来る。







f0096068_1962817.jpgトメアス発展の中心になった十字路も今では田舎としては近代化した街並となり、トメアス文化協会も十字路の片隅に毅然と建っている。








f0096068_1972098.jpgトメアス文化協会の内部に併設された移民資料館には、戦前からの移民の歴史を示す物・パネル等が展示されている。
トメアスの歴史を知ることが出来る。







f0096068_1984770.jpg十字路から車で5分程度走るとトメアスカントリークラブがある。1989年に日系人の手で作られたベレン・カスタニアールに次ぐゴルフ場で、彼ら日系人の憩いの場になっている。
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by wagahai_tt | 2006-08-07 19:20 | ブラジル紹介 | Comments(10)

カルチャーショック 7


アマゾンのスコールは移動する雨雲の下だけ降っている。車で走っていると道路にくっきりラインが出来て、こちらは晴れ、ラインの向うは大雨に、カルチャーショック。(ものの20分で通り過ぎるが・・。)


アマゾンの淡水魚ピラルクー、3mにも4mにもなる巨大魚だ。ピラルクーのウロコは爪磨きのヤスリに、舌は下ろし金になる、カルチャーショック。(土産物屋で売ってるよ・・。)


アマゾンでのゴルフ、着ているTシャツの柄が脱いでも背中に残る。強烈な灼熱に、カルチャーショック。(変な柄のTシャツは着ない方が良いよ。)


アマゾンのインディオの女性用貞操帯は瀬戸物で出来ている。ピラニヤより恐いカンジル、ドジョウの様な魚で、一旦体内に入ると内臓を食い散らしながら前に進む魚を防ぐ為だ、カルチャーショック。(前にしか進めない魚で、間男より恐いぞ・・。)


アマゾン河の水位は乾季と雨季で10m以上の差がある。カルチャーショック。(あの広大なアマゾンでもこの差だ。)


アマゾン河の水はアンデスの雪解け水と雨季の雨水であの水量だ。カルチャーショック。(でも2005年の乾季には、支流の小川が枯渇して多量の魚が死んでいる報道があった。地球環境は変化している。)


アマゾンの熱帯雨林は地球上で約半分を占めている、その熱帯雨林が年々減少している。原因は農業と牧畜業が主で、農業・牧畜業の跡地を再開墾して使用すれば熱帯雨林の減少の歯止めが可能になるのだが、カルチャーショック。
(子孫のためにもCO2の固定化で温暖化を吸収しよう。)
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by wagahai_tt | 2006-08-04 09:57 | カルチャーショック | Comments(14)

カランゲージョ

アマゾンの河口は真水と海水が混ざり合う場所で、潮の干満の影響を受け、支流の・支流で幅20m程度の小川では3m~5mの水位の差が出る。そんな川縁に素晴らしいマングローブの林が立ち並ぶところがある。高さは20m以上もあり、延々数キロ続く見事なマングローブ林で、日本界隈ではあまり見ることが出来ない。
そんな所で泥蟹と言われるカランゲージョが産卵する。
地中1m位のところに生息する蟹だから泥蟹と呼ばれてる。
泥蟹と呼ばれるだけあって多少泥の臭いもする。


f0096068_90088.jpgこの蟹を捕獲して茹でて食べる。
捕獲するのに蟹の巣穴に漁師が肩まで腕を突っ込んで捕まえる。よくあの強烈な挟みにやられないものだ、流石にプロだ。
カランゲージョは獰猛な蟹で、活きたまま買って帰る(アマゾンでは死んだ蟹は食べない)が、洗う時に爪を立てて追いかけて来る。洗って茹でてしまえばこっちの物だが、それまでが格闘だ。


f0096068_904410.jpg我々が食すのはオスのみでメスは年中禁猟になっている。
茹でるのにツクピー液(タロイモを絞った汁)で茹でたものが美味い。
タロイモは青酸性の毒があるため、生で食えるのは豚のみで人間は食えない。
人間が食うためには加熱処理が必要で、加熱処理したものがツクピー液だ。


f0096068_913441.jpg(ツクピー液で、焼いたアヒル(又は鶏肉)とジャンブー(唇がしびれる野菜)を煮込んだ料理もツクピーと言うが、これが意外と日本人の口に合う。美味い。)







f0096068_92629.jpgカランゲージョを注文すると茹でた蟹と大き目の壷と小さな俎板と木の棒が出て来る。
蟹を俎板の上に載せて棒で殻を割って食べる。割った殻を壷に捨てる。瞬く間に壷が満杯になる。
蟹肉をモーリョ(野菜と酢を混ぜたタレ)とピメンタ・デ・セイロ(香りのいい黄色いさくらんぼ大の強烈に辛い唐辛子)を混ぜて蟹と香りと辛さを味わう。

蟹を食べ始めるとビールを飲むのも忘れてしまい、気が付くと生温いビールになっている。
この蟹の味を知ると日本の蟹が淡白すぎて物足りなくなるから不思議だ。
アマゾンを訪ねた時に、一度味わって欲しい。
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by wagahai_tt | 2006-08-01 09:07 | ブラジル紹介 | Comments(6)