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ブラジル紹介: ブラジル大統領の足跡  2


*フェルナンド・コロール大統領時代
在任期間: 1990年~1992年の3年間(任期途中に弾劾裁判有罪で退任)

1990年  3月 コロール新政権経済政策発表 
1.金融政策で預金封鎖・・18ヶ月間据置、12ヶ月分を分割解除、自分の預金が使用できなく、市中資金不足により不況深刻化
2.物価政策・・生活必需品は政府の統制価格で、それ以外は価格凍結で政府が発表す指数で価格調整する。
3.為替自由化・・公定為替率廃止・・自由変動相場制導入
4.行政改革・・公務員一部解雇、赤字公団解散

1991年   1月 コロールプランⅡ発令

1.価格・給与凍結
2.インフレ指数(BTN)廃止
3.オーバーナイト資金運用・短期ファンド廃止
4.国営企業の財政管理強化


2月 湾岸戦争終結・・27日米ブッシュ大統領停戦宣言

3月 南米経済共同体(Mercosul)調印・・ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイの4カ国がパラグアイ首都アスンシオンにて1994年12月31日発足協定に調印

5月 22日・23日ゼネスト突入・・労働者行動せず失敗

10月 ローマ法皇ヨハネ・パウロ2世訪伯・・第二回目
ウジミナス製鉄所競売による民営化・・最低売出価格を14%上回る

1992年1月 ベネズエラでクーデター発生・・
チャベス政権下の不況を伴う経済政策を不満に、軍部の若い強硬派の決起であったが・・・精鋭部隊による鎮圧でクーデターが失敗

5月 コロール大統領不正疑惑で糾弾される ・・大統領実弟(Pedro Collor)が糾弾

8月 コロール大統領の弾劾裁判開始決定・・実弟の糾弾により「コロール・ゲート事件」に発展、弾劾裁判開始決定(賛成411票・反対38票・保留1票・棄権23票)を受け上院は弾劾裁判開始、同時に大統領は180日間憲法に従い休職、(この時のコロール大統領による買収工作が1票100万ドルとの噂。)
イタマル・フランコ副大統領・・大統領代行に就任

10月 ウリセス下院議員(PMDB前党首)ヘリコプター事故で死亡

12月 コロール大統領、弾劾裁判で有罪確定・・8年間公職活動禁止


*イタマル・ブランコ大統領時代
在任期間: 1993年~1994年の2年間(コロール大統領の残余期間)

1993年   1月 イタマル・ブランコ大統領代行が大統領に就任

4月 大統領制か議員内閣制か国民投票実施・・大統領制55.5%で現状維持確定

5月 カルドーゾ蔵相就任

6月 ブラジル南部3州独立宣言「パンパ連邦共和国」 ・・連邦警察介入でクーデター鎮圧

7月 輸出業務のコンピューター化(Siscomex)スタート・・相次ぎ問題発生

8月 金融取引税=小切手税(IPMF)施行、小切手発行額に0.25%の新税。

*デノミ実施 1/1,000通貨呼称がCruzeiro⇒Cruzeiro Realに変更

新給与法可決・・給与調整率はインフレ率よりマイナス10%に設定で給与所得とインフレは乖離する一方で庶民が苦しんだ時期だ。

9月 IPMF(金融取引税)課税中止判決・・最高裁

1994年   1月 予算審議委員会汚職調査結果・・国会議員43議員調査(議員権剥奪18議員、無罪11議員、継続調査14議員)

3月 新指数 URV(Unidade Real de Valor)導入

5月 ベレン日本総領事館の福沢磨智子領事が自宅で強盗に殺害される
アイルトン・セナF1レースで事故死(イタリア イモラ・サーキット)

7月 通貨呼称 Realに変更 CR$⇒R$ 為替は 1US$=0.89R$でスタート

10月 カルドーゾ元蔵相大統領選に勝利・・1回投票(54.3%)で当選

*1/1,000のデノミを過去3回の実施で通貨単位が10億分の1になったが、実際には紙幣が変わっただけで実態は何も変わらなかった。

“ インフレの昂進で、政府のコンピューターの桁数容量が不足してパンクする状態なので1千分の1のデノミを実施したと言われるが、本当かなぁ~? ”
意外に本当かも知れなぁ~。

(1/1,000のデノミ=昨日まで1,000円だった商品が、今日から新1円になる。)

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by wagahai_tt | 2008-03-23 07:43 | ブラジル紹介 | Comments(10)

ブラジル紹介: ブラジル大統領の足跡  1


ブラジルの各大統領の足跡をみると、その時代の状況を思い出す事ができる。
赴任から帰国までの期間を、大して面白くもないが主観的に思いつくまま記載してみた。
各大統領の政策内容は、日本では考えられないようなカルチャーショックばかりだ。

1976年 9月 ガイゼル大統領訪日
1977年 7月 言論統制・・軍政令でテレビ・ラジオによる政見発表全面禁止
1979年~1984年 ジョアン・バプティスタ・デ・オリヴェイラ・フィゲイレト大統領

1984年7月~2002年10月、ブラジルへ赴任から帰国までの期間限定で、各大統領の国際的や政治的な政策は別にして、主に我々の生活に直結した事柄を中心にその足跡を、我が儘に3部に分けて簡単に項目を記載してみます。

“この時こんな事があったんだなぁ~・・と勝手に思い出します・・・・。”
 
 

*タンクレット・ネーベス大統領 

1985年 3月 国民投票によるタンクレッド政権誕生で民政スタート、軍政の終焉。
(軍政から民政へ移行)

*ジョゼ・サルネイ大統領時代 
在任期間: 1985年~1989年の5年間(在任期間1年延長した。)

1985年 4月 ジョゼ・サルネイ政権誕生・・4月21日、タンクレッド新大統領が就任直前に死去 したために、サルネイ副大統領が大統領に就任した。
感染症による病死のようであったが、当時は暗殺説も流れた。

11月 サマータイム導入で12月から6月までの6ヶ月間、時間を1時間早めた。
北部アマゾン地域は赤道直下の為に年間を通じて日の出・入りの時間差は殆どなく効果がないので夏時間を導入しなかった。

1986年 2月 経済安定プラン発表
1.1/1,000デノミネーション・・通貨呼称をクルゼイロからクルザード
(CR$⇒CZ$)に変更し、通貨も新たに発行した・・・。
2.価値修正制度廃止・・インフレ0%が前提なので当然かも・・・。
3.賃金及び物価を凍結・・インフレ0%が前提なのでこれも当然。
4.為替の固定化・・海外との関係を無視した政策。
5.失業保険制度設定・・不況による解雇に対する政策。

1987年 1月  社会協定決裂・・政府主導によるインフレ対策に対し政府・企業・労働組合の三者による経済政策協定を試みたが失敗した。
価格凍結解除・・社会協定決裂により、解除が余儀なくされた。
銀行金利・・・・・預金金利 800%/年 貸出金利 1,000%/年インフレ昂進が高金利を生んだが、殆どがインフレで実質金利は微々たるものだった。

2月 モラトリアム宣言・・債務不払い宣言で諸外国の不信を買った。
返済時期の到来した外債や外債利子支払停止及び外資企業の利益配当送金も禁止した。
価値修正制度復活・・インフレの昂進で企業の不満が出て復活せざるを得なかった、復活でインフレ利益控除が可能になった。

3月 銀行のストライキ勃発・・政府のインフレ政策に不満で、全銀行が9日間のストで市場大混乱、預金・出金・手形・小切手・借入・貸出のすべての業務がストップで企業も個人も困惑した。

5月 新価格統制令・・価格の値上げを制限し、更に値上げの認可制を実施し、国家供給管理庁(SUNAB)により監視・統制を行った。

6月 新経済政策発表 
1.物価・賃金凍結・・再度の凍結でインフレの低減を図った。
2.URP(標準価格単位)新設・・物価の標準価格指数を設定。           
3.諸契約価格の調整(引下げ指数)etc・・契約期間により契約価格を引き下げてインフレ抑制を図った。
リセッションの深刻化で倒産企業続出した時期だった。

1988年 1月 新労働法制定・・労働者に対して有利な政策。
1.不当解雇補償制度・・理由なく解雇した労働者に対して給与1ヶ月分を支払う罰金制度。
2.週44時間労働・・48時間を44時間に短縮した。
3.時間外労働割増給・・残業時間給与の50%増し。
4.産休120日間(夫は8日間)・・出産後4ヶ月の有休休暇。
5.フェリアス(法定休暇)に1/3の割増賞与支給を制定不況で失業率が高い時期にそんな新労働法を設定していいのか・・?
益々雇用が困難になった時期だ。

5月 新工業政策発表 
1.輸入制限緩和・・国内産業の保護策の一部緩和
2.輸出事前許可制度廃止、etc・・自由に輸出が出来るようになった。
*サルネイ大統領任期5年(1年延長)を国会決議決定

6月 金融政策変更により、インフレヘッジの目的でもあったドル預金制度が廃止となった。
新党PSDB誕生(PMDB離党議員により)初代党首マリオ・コーバスで,後のカルドーゾ大統領を輩出した政党。
文仁親王殿下(礼宮様)ベレンご訪問(ヒルトンホテルにて物産展。

9月  新憲法完成10月5日公布予定
モラトリアムの終結宣言を行った(約1年半続いた)。  
    
10月 新憲法発布・・労働時間240時間⇒220時間/月に短縮
     
11月 新憲法下で全国統一地方選挙実施(与党PMDB大敗、企業の支持が得られなかった)
     
12月 インフレ率月間28.79%、年間累計インフレ率933.62%で過去最高を記録 、(ハイパーインフレ突入)=物価が1年間で約10倍になった時期。

1989年 1月 新経済政策“夏プラン”  (Plano de Verao)発表
1.諸物価・料金凍結、
2.賃金凍結、
3.1/1,000デノミ実施、通貨呼称ノーボクルザード(NCZ$)
4.為替切下げ(1US$=1NCZ$)、
5.価値修正制度廃止・・再度廃止した。 
6. 公団・公社整理統合
      
2月 *価値修正制度・・企業決算バランスシートにおいてのみ復活した。
昭和天皇「大喪の礼」・・サルネイ大統領訪日、10億㌦の融資約束を取付け、(竹下首相時代)
      
4月 第二次「夏プラン」発表・・価値修正復活(修正指数OTN⇒BTNに変更)
      
6月 [夏プラン」失敗・・インフレ昂進
      
7月 中銀による為替集中管理・・減少を続ける外貨準備高を維持する目的で集中 管理を行い、外資企業の利益配当送金等も中断した。

1989年 11月 フェルナンド・コロール・デ・メロが大統領選を制す (若干40歳)

*価値修正制度・バランスシートの固定性勘定(固定資産、長期債権・債務、資本勘定)を人為的に、政府が設定する一定率で修正する制度であり、結果として企業の決算利益からインフレ利益を控除する制度で、ハイパーインフレ下では効果を発揮した制度である。インフレ沈静化と共に必要なくなった制度で、現在は廃止されている。
“インフレ利益にまで課税されてはかなわんよな・・・。”
この制度は公共料金・税金・一般の債権債務・契約など等、全ての期日のあるものに適用された制度で、支払期日を過ぎた債権・債務の額は全てこの修正率で修正された。

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by wagahai_tt | 2008-03-20 10:23 | ブラジル紹介 | Comments(6)

ブラジル紹介: バイオエタノール


アルコールはエタノールと同義ですが、バイオマス(バイオマスとは生物資源と量を表す概念で、一般的には「再生可能な、生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」をバイオマスと呼んでいます。そこで砂糖キビやトウモロコシ等)の糖分を発酵して生成されるアルコールをバイオエタノールといいます。

バイオエタノール燃料は地球温暖化対策の一環として、化石燃料の一部を代替することによって、二酸化炭素排出量を削減することを目的としています。

京都議定書で決めた二酸化炭素排出削減ルールでは、バイオ燃料は植物や木材の成長過程で光合成により二酸化炭素を吸収しているため、吸収したものを燃焼により排出するので地球上の全体量としては排出量±ゼロと言う考え方により目標達成に寄与します。

太陽と水があれば育成可能な植物は、枯渇が心配されている化石系原料に対してリニューアブル(持続的利用可能)な原料として位置づけられています。

2003年12月、日本政府は石油代替で環境に優しいバイオ燃料を推進する「バイオマス・ニッポン総合戦略」を策定し、自動車用燃料としての利用を進めるためのバイオマス研究が進められていますが、石油業界の抵抗は強いようです。

ブラジルはバイオエタノールの原料になる砂糖キビの主要生産国です。
砂糖キビは、アルコールと砂糖生産の他、化学繊維、塗料、ニス、瓶・管、溶剤、プラスチック等などの各種化学製品や薬品の原料として使われているようです。
これは砂糖キビが石油系化学製品群を代替できる可能性を秘めていることも示しています。

ブラジル地理統計資料院(IBGE)によると,ブラジルにおる砂糖キビの栽培面積は510万haで、年間生産量は約4億トンにも及び、主産地のサンパウロ州では全国生産量の58%以上を占めて断トツです。
全国平均収穫量は 71㌧/haであるが、南部、東南部および中西部では生産性が高く,サンパウロ州やパラナ州やゴイアス州では 80㌧/ha のようです。

燃料エタノールであるブラジルの商業用燃料エタノール生産は、国家アルコール計画と共に1970 年代の石油危機を契機に開始されました。
当初は少量のエタノール生産を行う約100 の工場が、主に東北部とサンパウロ州に設置されたが、アルコール計画の開始によって砂糖キビ圧搾・製糖工場は、エタノール生産を行うことを条件に、より大きい設備設置のための融資を受けることが出来るようになり、次第に大規模な工場が建設されて、12 万~18 万㍑/日の生産能力をもつ工場が一般的になったようです。

その後、ブラジルの多くの砂糖キビ圧搾工場は,砂糖,含水エタノールと無水エタノールを同時に生産するようになり、製糖とエタノールの併産ラインをもつような汎用的な大規模システムの構築が促進されました。

現在,ブラジルには284 のエタノール生産工場があり、そのうち234 は含水エタノールと無水エタノールの両方を生産しています。

ブラジルにおける燃料エタノールの年間総生産量は約12百万キロリットル(kl)で、1990 年代からほぼ一定に保たれています。
しかし,アルコール車の減少により含水エタノールの生産が減少し、無水エタノールの生産が増加する傾向にあるようです。
ブラジル最大のエタノール生産量は15.5 百万kl/年(北部・東北部:2.2 百万kl、南部:13.3 百万kl)は1997~1998 年に記録されているが、その後、砂糖の世界的需要増加によりエタノール生産はやや減少しているようです・・・。

昨今、地球温暖化対策の一環として世界的に注目を集めているバイオエタノールへの要求が高くなれば、ブラジルへの期待感も高まり、砂糖キビ(約4億トン)やトーモロコシ(約5千5百万トン)の生産量の拡大要求と共に、アマゾン熱帯雨林の開発による森林資源の減少が危惧されています。

今回はバイオエタノールとブラジルのバイオエタノール生産状況を紹介してみました。

1984年7月にベレン国際空港に到着し、タラップに第一歩を踏み出した時に、ムッとした熱帯の湿度の高い熱気と、異様な臭いに驚いたが、後でこの時の臭いが市内を走っているアルコール車の排気の臭いであったような気がした。
ブラジルは当時すでにアルコールを燃料にした車が走っていたのです。
ガソリンスタンドに、アルコール給油口とガソリン給油口が並んでいたのにも驚いたものです。
ベレン国際空港と言っても田舎の空港で、当時はタラップ式で乗り降りしていました。雨の時は航空会社の職員がタラップの上や下で傘を乗客一人一人に手渡してくれて風情がありましたよ。



ブラジルのエタノール燃料生産工程

砂糖キビ+酵母 → 発酵工程 → 蒸留工程 → 含水エタノール → 脱水工程 → 無水エタノール

*日本では、無水エタノールは、エタノールが99.5%以上のものを言う。
*消毒エタノールは、エタノールが76.9~81.4%含有するもの言う。
*エタノールは、エチルアルコールの略です。

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by wagahai_tt | 2008-02-17 09:03 | ブラジル紹介 | Comments(20)

ブラジル紹介:アグロフォレストリー


最近はアグロフォレストリーを実践している農業も増加して来ている。

アグロフォレストリー (Agroforestry) とは、熱帯林を切り払って、単一の作物を大量生産するプランテーション型の農業では、病虫害が起きやすく持続するのが難しい。
そこで熱帯雨林の生態系の特徴である生物多様性にならって、なるべく多彩な生物の生育を組み合わせる考え方がアグロフォレストリーであり、熱帯での持続可能な経営形態として注目されています。

ピメンタ農園にカムカムを植えつけるのもその一種です。
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地域の社会条件、即ち自然条件や土壌条件や気象条件など等、そして住民たちが何を求めているかによって、植える作物も樹種も、その組み合わせ方もさまざまです。

新植されたばかりの植林地、4mx4mの間隔で植えられている。
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植林地の新植した樹間を活用して植付けたトーモロコシの混植もその一種です。
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その柔軟性、多様性こそが、アグロフォレストリーのおもしろさでもあり、また難しさでもあるのです。

新植地に豆を植えるのもその一種です。
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このように植林と農業の組み合わせもあり、農作物を収穫した後は植林地にすき込んで有機堆肥に活用することも出来ます。

更に、ラテンアメリカでは、樹木を全部皆伐して牧場をつくり、数キロメートルにも及ぶさくをその周囲に作るのですが、それだと、さくが腐ってきた時にさくにする杭を集めるのが大変なのです。それならば、はじめから萌芽性の盛んなマメ科の樹木を植えつけて生垣のさくにしておけば、枝葉は牛の餌になるし、幹は杭の代わりになると言う訳です。
もちろん、家畜の排泄物は樹木が育つ肥料として役立ち、それもやがては土壌に還元される、さらに、こんもりと茂った樹木は、熱帯の中で家畜達に格好の日陰を提供してくれるようになる。

このようにアグロフォレストリーには、林業と畜産業の組み合わせもあるようです。

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by wagahai_tt | 2008-02-01 08:43 | ブラジル紹介 | Comments(16)

ブラジル紹介:パラー州の紹介 4 パラー州の特産品


沢山あるパラー州特産品の中で一部を紹介します。

1.農産物

パラー州の主要農産物の一つは、1933年に日本人移住者が導入した胡椒です。ブラジルは世界第4位の胡椒生産国ですが、今ではパラー州の胡椒生産量はブラジル全体の9割を超えているようです。
その他、バナナ、パイナップル、アセロラ、マラクジャなどの熱帯果実や、チョコレートの原料になるカカオ、石鹸や食用油の原料になるデンデ(パーム)椰子、健康飲料に使われるガラナも重要な農産物です。
最近ではトメアスでカムカムも作り始めていますが、まだ微々たるものです。カムカムはビタミンCを豊富に含んでいるので、今後脚光を浴びる果物になるでしょう。
(果汁100gのビタミンC含有量:カムカム2,800mg、アセロラ1,300mg、レモン44mg)

パラー州の2000年の主要農産物と国内シェアーは以下の通りです。

(主要作物)       (収穫量)  (国内シェアー・州別順位)
米             40万トン   (3.6%  5位)
マンジョカ芋       408万トン   (17.7% 2位)
トウモロコシ       53万トン   (1.6%)
砂糖キビ         52万トン   (微々たる量)
フェィジョン豆      4万7千トン  (1.5%)
胡椒            3万4千トン  (86.5% 1位)
カカオ           2万8千トン  (14.4% 2位)
パーム椰子        52万トン   (76.2% 1位)
ジュート麻         500トン    (37.5% 2位)
バナナ           7千800万房  (13.7% 1位)
ココナッツ         1億5千万個  (11.9% 3位)
パパイア         4千500万個  (2.6%  3位)

ブラジル全体の砂糖キビの生産量は数千万トンから数億トンと言われているので、パラー州の生産量は微々たるものです。
尚、パラー州では採集産業と呼ばれる熱帯雨林に自生する植物や果実の採集も重要な経済活動で、野生ゴムや、カスタニァーナッツ(2000年の生産量9千トンはブラジル全体の26.7%で州別1位)は20世紀前半のパラー州経済を担う存在でした。
現在では、パウミット(2000年1.6万トンで93.2%)と言うヤシの若芽でサラダの材料などに使わる食材であり、輸出もしているものでパラー州経済に貢献しています。
アサイ(2000年11万トン、92.5%)はアサイヤシの実でジュースにして飲用したり、アイスクリームにして食べたり、鉄分を多く含む健康食品として最近ブラジル南部でもブームになり、トメアスからはジュースにして米国にも輸出しているので、今ではアサイもパラー州経済を支えるようになっています。

これらはいずれも水辺地帯や奥地で生活する貧しい住民の貴重な現金収入源になっています。

2.鉱業

パラー州は鉱物資源が種類、量ともに豊富な州であり、鉱業生産額はミナス・ジェライス州に次ぐ額となっています。ミナス・ジェライス州は17世紀後半の金の採掘に始まり、常にブラジルの鉱業界をリードしてきた伝統的な鉱業州です。
パラー州の鉱業開発は70年代に着手されたばかりで、今後既存事業の拡大や新規事業の実施が計画されているところから、数年後にはブラジル随一の鉱業州になるものと期待されています。

パラー州の主な鉱物の推定埋蔵量及びブラジル全体に占める推定埋蔵比率は次の通りです。

(鉱物)       (推定埋蔵量)  (推定埋蔵比率)
ボーキサイト     12.7億トン    (85.4%)
タングステン      168万トン     (83.0%)
銅           4.7億トン     (63.1%)
水晶          4.7万トン     (59.7%)
マンガン        4.4万トン     (38.8%)
カオリン       2.6億トン     (37.0%)
鉄鉱石         23.4億トン     (20.0%)
ニッケル        4.4万トン     (16.6%)
鈴           3.4万トン     (10.9%)
金           4,319トン     (8.0%)

この他、鉛、クロム、ダイアモンドなどの埋蔵も確認されています。
ボーキサイト、カオリンを除くこれらの鉱物資源のほとんどはベレン市から南西約540kmのカラジャス山地に埋蔵されています。1967年、州南部の山地で世界有数の規模と見られる鉄鉱石の大鉱脈が発見されました。その後の調査で鉄鉱石のほかにも、マンガン、銅、ニッケル、金などの鉱物資源が豊富に埋蔵されていることが確認され、更に、自然条件に恵まれた同地一帯は熱帯性農産物、森林資源や牧畜業の開発に大きな潜在力を持っていることも判明しました。 
日本は82年から85年にかけて農林・鉱業産品の開発可能性に関する開発調査協力を実施しました。
ブラジル政府はこの地域の資源開発及び農鉱業進行を国家事業として推進する為に80年、パラー州、マラニョン州、トカンティンス州の3州にまたがる約90万平方キロ(日本の国土面積の2.4倍、ブラジルの全国土の10.6%に相当)の地域を対象に「大カラジャス計画」を発足させました。
カラジャス鉱山で採掘された鉱物は、マラニョン州サン・ルイス市ポンタ・ダ・マデイラ港(28万トンの鉱石専用船の接岸が可能)まで、全長890kmのカラジャス鉄道(85年開通)によって運搬されています。
尚、これらのインフラ整備に要した資金は35億ドルで、日本は官民合わせて5億ドルを融資したようです。


* 鉄鉱石
鉄鉱石の採掘は「大カラジャス計画」の中核で、97年に民営化されたヴァ―レ・ド・リオ・ドーセ社が行なっています。
1986年に発掘を開始、1990年には当初目標の年産3,500万トン体制を確立しました。2000年の採掘量は4,860万トンで、ブラジル全体の約20%強を占めています。
90%が日本、韓国、ドイツ、米国、アルゼンティン、中国などに輸出されますが、日本はカラジャス鉱山の鉄鉱石の最大の輸入国です。


* 金
カラジャス山地やアマゾン河支流のタパジョス河流域などで採掘されています。1998年、ブラジルの金の全発掘量49トンのうち、パラー州は14.9トンで1位を占めました。2000年は公表11トンでしたが、脱税などのために横流しされた金も多く、実際の発掘量はこの数倍に達すると言われています。
金の採掘方法にはガリンポと呼ばれる人力式と、機械式があります。1983年ごろには、カラジャス鉱山のセーラ・ペーラーダ地区に6万人とも言われるガリンペイロ(採金夫)が押し寄せるゴールド・ラッシュが話題になりました。
当時同地区の採掘量は年間30トンを超えていましたが、地表面層の金脈の涸渇化や金価格の低下などで年々採掘量は減少し、現在は最盛期の10分の1にまで落ち込んでいるようです。
ガリンポ方式の採掘は、不純物から金を分離する際に使用される水銀が川に垂れ流しにされて河川を汚染するなどの環境問題も引き起こしているので、将来この地域で水俣病のような水銀による病気を発生しないか心配しています。
機械式採掘は1990年にカラジャス山地のイガラペ・バイーア地区でリオ・ドーセ社が始め、1994年以降はガリンポの採掘量を上回るようになりました。


* カオリン
カオリンは高級紙のコーティングや陶器の艶出しに使われる粘土状の鉱物で、パラー州とアマパ州の州境近くのジャリ地区やパラー州東部カピン川流域で採掘されています。
カピン地区では2社の採掘事業があり、1社はフランス系のイメリス・リオ・カピン・カオリン社(住友商事が資本参加)で、1997年操業開始、2001年には年60万トン体制を確立した。
地下に埋設した169kmのパイプラインで積出港のバルカレーナまで輸送します。
他方、リオ・ドーセ社の子会社パラー・グメントス社(三菱商事が20%資本参加)は、2001年には前年比15%増の36.3万トンを採掘し、95%を欧州諸国に輸出したようです。
高級紙を燃やすと白い灰のようなものが残るが、これがカオリンです。


上記以外にも 畜産業、林業、水産業がパラー州の経済を支えています。
パラー州政府は、今後の州の産業基盤を農業・鉱業・観光の三本柱とする方針を打ち出しています。
更なる発展が期待できる州になるでしょう。




*参考文献:http://www.camaradopara.com.br/para_main02.htm
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by wagahai_tt | 2008-01-22 08:05 | ブラジル紹介 | Comments(12)

ブラジル紹介:パラー州の紹介 3 トメアス


ベレン市から約230km離れた所に日系移民の町トメアスがある。
アマゾンへ入植した移民一世の想像を絶する過酷な努力が、熱帯アマゾンの中に“もう一つの日本”を作った。

トメアスの歴史は既にこのブログで紹介しましたが、再度アマゾン日本人移民の町トメアスの歴史を簡略に紹介します。

ブラジル移民第一回は1908年(明治41年)笠戸丸により開始した。ブラジルは1888年奴隷制度を廃止した為、農業労働者が不足し、日本からコーヒー農園の契約移民として791人が移民したのが始まりである。


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(臼井牧之助氏)
1933年臼井牧之助氏がシンガポールからピメンタ・ド・ヘイノ(胡椒)の苗木20本をアマゾンに持ち込み、内2本が活着して1952年のピメンタ景気の元を作った。
1935年この時期まで適作物も定まらず開拓者は困窮の極みに達し、植民地からの退出者が相次いだ時期でもある。又悪性マラリアが大流行し、多くの移住者の命を奪ったのもこの時期である。

1939年第二次世界大戦が勃発、ブラジルは1943年、ドイツ潜水艦によるブラジル輸送船撃沈を契機に、枢軸国に宣戦布告をした。パラー州政府は、日本人移民者を敵国人としてその財産を没収すると同時に、アマゾン全域の日本人をトメアスに収容した。この時から移民の町トメアスの歴史の始まりである。


f0096068_8303940.jpg僅か2本の苗木から始まったピメンタ栽培は1952年に大高騰し、植民地は黄金時代を迎え、年産800トンに達した。
ピメンタ景気の始まりであり、1972年にはピメンタ生産が史上最高の5,000トンに達した。
その後病虫害の発生もあり、ピメンタ景気も上昇・下降を辿りながら今日に至っている。その間日本への出稼ぎなどでピメンタ栽培を止めた人も多い中で、一部歯を食い縛って頑張った人が、今ではピメンタ大農園を営んでいる。






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州都ベレンより230km離れたトメアスへの交通手段は、1時間に一本のガマ河を渡すバウサ(フェリー)だけであったが、2002年には橋が開通し、今では陸路でトメアスを訪問する事が出来る。


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トメアス発展の中心になった十字路も今では田舎としては近代化した街並となり、トメアス文化協会も十字路の片隅に毅然と建っている。

トメアス文化協会の内部に併設された移民資料館には、戦前からの移民の歴史を示す物やパネル等が展示してあるので、トメアスの歴史を知ることが出来る。


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十字路から右へ車で5分程度走るとトメアスカントリークラブがある。1989年に日系人の手で作られたベレン・カスタニアールに次ぐゴルフ場で、彼ら日系人の憩いの場になっている。


f0096068_8564274.jpg十字路から車で10分程度直進したところにCAMTAと言う、ジュース工場を併設したトメアス農業共同組合がある。
日系移民の歴史を刻んだ共同組合です。






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クプアスをジュースにしたり、アサイをジュースにして北米に輸出したりと、忙しく稼動していた。


f0096068_93186.jpg帰りには十字路近くのレストランでムッケカと言う魚の鍋料理で昼食を取った。この料理が美味いんだよ・・・。












今回はこんなトメアスの一面を紹介してみた。
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by wagahai_tt | 2008-01-18 09:05 | ブラジル紹介 | Comments(14)

ブラジル紹介:パラー州の紹介 2 ベレン市


アマゾン河口の街ベレン、ベレン国際空港へ到着前の上空から見るとアマゾン河の支流ガマ河に面した、392年(2008年現在)の歴史を持つ小さな田舎町です。
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ベレン市内もあらゆる所で工事を行い、整備を行っていますが、2002年9月に開通したアルサ・ヴィアーリア(4つの橋と70Kmの道路の総称)はパラー州内の交通の流れを大きく変えたようです。
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各地へのアクセスの利便性により観光業をふくむ各種産業の発展に大きく寄与することになるでしょう。
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パラー州の州都ベレンは赤道直下に近く、コロニア風で古い建物が立ち並ぶ町で、1616年、ヨーロッパ諸国の侵入を防ぐためにカステロ要塞を築いたのがこの町の始まりで、ポルトガル王朝直轄地の歴史を持つ町です。
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この要塞の近くにベレンで最初の石畳の坂がある、ヨーロッパ風情を感じさせていたこの坂も観光事業のためにか、石畳を取り壊して鉄道敷設を行っていた。
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下町には聖教会があり、中心地にはナザレ大聖殿を持つ、歴史的にも宗教的にも栄えた町です。
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アマゾン河口に浮んでいる中ノ島マラジョ島の面積は約5万平方キロで九州よりやや大きい島です。
この島が浮ぶアマゾン河口の川幅は400kmにも及ぶとも言われ、東京-名古屋間の川幅の中に九州が浮いていると想像して頂ければいいでしょう。
ベレンから対岸のアマパ州マカパ市(州都)まで、アマゾン河を横断るのに旅客機で約1時間かかるのも頷けます。

市内には1878年に建設された平和劇場、今年で130年経つが今も健在に活躍している。
平和劇場の正面入口から入ると、そこには劇場に通じる歴史を感じさせる豪華な階段がある。
当時の人達はこの階段を上ってオペラを聞いていたのだろう、当時の面影を想像させる雰囲気を持った劇場です。
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下町の川沿いには381年(2008年現在)の歴史を持つ野菜、果物、香辛料や漢方を扱っている市場やアマゾンの淡水魚を扱っている魚市場を併設した、ベル・オ・ペーゾ(重さを計る)と言う市場がある。
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新鮮なものを売っているので、毎日買い物客でごった返している。中にはここまで来ることが出来ない田舎の人を対象に、ここで品物を仕入れて田舎に持って行き商売している者もいる。

ベル・オ・ベゾ市場の近くにプラッサ・デ・ヘロージオ(時計広場)と言う公園がある。この公園の広い歩道の上に朝市が立つ、新鮮な野菜・果物などが露店で売られている。毎日ではないので、この日ばかりは買い物客で賑わっている。
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ベレン市内は街路樹がマンゴ並木で、年2回時期になると実を落とします。
更に、市内は中心地のアパート群とそれを取り巻くように戸建群があり、上手く住み分けている感じがある町並みです。
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市内の至る所にあった公衆電話、一本の支柱に3台の電話が取り付けてあり、身長差がある子供でも同時に3人が話せて場所も取らずに歩道にあっても邪魔にならなかった。
電話をかけるには、フィッシャと言う専用コインが必要であったが、今ではカードも使えるようになっているようだ。
ただ最近はセルラー(携帯電話)の普及で公衆電話も少なくなって来ている。
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ベレンはこんな町・・・。ベレン市の一コマを断片的に紹介してみました。

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by wagahai_tt | 2008-01-15 21:34 | ブラジル紹介 | Comments(18)

ブラジル紹介:パラー州の紹介 1


パラー州を簡単に紹介します(一部は既に紹介済の部分もあります)。
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(アマゾンの日の出)

パラー州はブラジル27州の一つで、ブラジルの北部、アマゾン河口に位置する州で広さは1,248,042k㎡、ブラジル国土の約17%、アマゾン地域の26%を占めて、日本の約3.3倍の面積を持っています。

人口は約600万人で、州都ベレン市近郊には約140万人が住んでいます。

パラー州の北部には赤道が通っているので、北半球と南半球の両方に跨っていることになります。

パラー州は、北はギアナやスリナムと国境を接し、アマパ州・ロライマ州とも接し、東は大西洋・マラニョン州・トカンチンス州と接し、南はマットグロッソ州と、西はマナウスを州都とするアマゾナス州と接しています。

パラー州と日本とのつながりは強く、ブラジルの中でサンパウロ州・パラナ州に次ぐ3番目に日系移民の多い州であり、州内の日系人は約1万2千人と言われています。又パラー州は千葉県と姉妹都市を提携しているのです。

アマゾン地域でもパラー州には産業開発のためのインフラが整っていると言われています。

以前からこの地の経済は、伝統的に採集により成りたっていたが、70年代には連邦政府のアマゾン開発計画(SUDAN)により、工業、農業、畜産が推進されて来ました。
しかし、その後1995年にパラー州政府が、新規の産業計画にインセンティブ(税制恩典等)を与える政策で、永続的で効果的な経済社会の発展のために州の産業基盤の変革を行った。
今ではパラー州の産業基盤は農業、鉱業、観光業になっているようです。

奥地のツクルイダムから安定的な電力をアルミ精錬事業やベレン市などパラー州内だけでなく隣のマラニョン州にも供給している。

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(上空から見たパラー州)

アマゾン地域の中で、パラー州は今後発展が期待される州です。
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by wagahai_tt | 2008-01-04 07:31 | ブラジル紹介 | Comments(20)

ブラジル紹介:アルミ精錬事業Ⅱ・アルノルテ社


ボーキサイトをカセイソーダで分解し、アルミの原材料になるアルミナを生産している。

Alunorte社(Alumina do Norte do Brasil S.A)
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f0096068_11203447.jpg茶色のボーキサイトにカセイソーダを加えて分解し、アルミの原材料になる純白のアルミナを生産している。









ボーキサイトは掘り出したものを積み上げている。
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1995年生産開始 生産量110万トン/年。
2004年現在の生産量 240万㌧/年、内80万㌧/年をアルブラス社に納入。
160万㌧/年を海外輸出。
2004年現在 420万㌧/年 まで生産設備の拡張工事中であった。

f0096068_11291353.jpg工場内はパイプラインばかりで、生産工程も製品の流れも全く分からなかった。










生産したアルミナは一旦巨大な貯蔵タンクに貯蔵し、そこから出荷する。
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輸出は港までパイプラインでアルミナを運搬して船積みを行う。
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積込みもパイプで直接船積みを行う。
この港からアルミインゴットの船積み出荷もする、ほぼアルブラス社関連の専用の港であり、大型貨物船の停泊も出来る。
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f0096068_1137461.jpgアルミナ精製過程でカセイソーダを使用すれため、ボーキサイトの残土が有害産業廃棄物になっている。
広大な工場敷地の一角に廃土の山を作り、流出を防いでいると同時に環境を考えて植林も行っているようです。

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by wagahai_tt | 2007-11-06 11:39 | ブラジル紹介 | Comments(19)

ブラジル紹介:アルミ精錬事業・アルブラス社


今回は皆さんの身近にあるアルミに関して紹介します。
アマゾン地域の天然地下資源を活用したアルミ精錬事業です。

1967年にアマゾンのトロンベッタ河流域でアルミの原料となるボーキサイトの鉱床が発見され、ブラジル政府が日本にその利用について協力要請をしてきた。
ボーキサイトは価格も安く日本までの運賃負担力はない。アルミナにすれば価格は上がるが、折角ならアルミ地金(インゴット)にして日本へ輸出しようということになりアルブラス社の建設となった。そのためには電解用の電力が必要となる。
ブラジルのツクルイダムが日本のODAで造られ、そしてそのダムの建設は日本企業という構図で、アマゾン川河口の町ベレン市から約300kmのトカンチス川上流にツクルイ発電所が建設され、1984年に完成した。
発電出力は400万KWで、第2期の拡張工事が終わると出力は812万KWとなる。この発電所を流れる水の年間平均流量は約1万トン/秒であり、ダムによって生れた貯水池の面積は2,430平方キロで琵琶湖の約3.5倍にもなる。


Albras社(Aluminio Brasileiros S.A)
f0096068_635631.jpgAlbras社は、日本とブラジルの共同プロジェクトとして、パラ州ベレン市バルカレナ(Barcarena)に1985年操業を開始したアルミ精錬事業で、日本側は日本アマゾンアルミ社(三井アルミ他精錬会社・商社・民間31社と海外経済協力基金で設立) が49%出資、ブラジル側はCVRD社(Companhia Vale do Rio Doce) が51%出資で設立された。

その後精錬技術の向上と増設で、現在の生産能力は435,000㌧/年(2004年現在)。アルブラス社は、960基の溶解炉を持つアルミ生産工場と原材料アルミナを電気分解する為の電極製造工場からなる(電極は消耗品)。
溶解炉
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電極
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アルミの製造は、ボーキサイトからアルミナを生産し、アルミナを電気分解することでアルミを生産する。原材料のアルミナ生産はアルノルテ社が担当。

溶解炉1基の生産能力1.4㌧/日、(24時間稼動・365日の操業。)
従業員は1,350人と外注社員約400人の計1,750人で日夜生産に励んでいる。
1.4㌧/日×960基≒1,200㌧/日、1,200㌧/日×365日≒435,000㌧/年。
多少の設備稼働ロスがあるようだ。
生産量の49%は日本へ直接輸出し、51%はブラジル側が引取るが、その内60%近くが日本に向けられているようです。
工場近辺には、従業員用の社宅・学校・スーパーマーケット・病院等を備えており、近隣住民にも開放している。
ベレン在住の従業員も多く、彼らはベレン港から定期船で約1時間半の通勤となる。
f0096068_6404690.jpg2002年にアマゾン支流のガマ河に橋が開通したので陸路でも通勤できるようになった。
車と船との通勤時間は大差ないようだが、車は遠回りになる為か従業員は定期船通勤が多い。





f0096068_643672.jpg生産されたアルミの溶解温度は960℃で傍によるのも熱いが、従業員は特殊服を着て頑張っている。









f0096068_647344.jpgこの工場の溶解炉の電極に流れている電流は僅か6ボルト程度なので感電する危険はないが、強烈な電磁波があり、時計・クレジットカード等の持込は出来ない。







アルブラス社が消費する電力量と140万都市のベレン市が消費する電力量はほぼ同量であり、いかにアルミ精錬が電力を消費するかがうかがえる。

f0096068_6501858.jpg溶解したアルミを型に流し込んで冷やし、純度99.7%のアルミのインゴットを生産する。型に流して冷やしたインゴットは1個22kgで、44個約1㌧を一山に梱包している。梱包といってもバンドをかけるだけであり、





f0096068_6523736.jpg保管も野積みである。














次回はボーキサイトからアルミナを生産しているアルノルテ社を紹介します。

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by wagahai_tt | 2007-11-01 06:57 | ブラジル紹介 | Comments(13)