カテゴリ:印象深い事柄( 108 )

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(8)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

25. アマゾンの田舎では、学校もなく、文字や言葉を教えてくれる所が少な   
い。そんな離れ小島のポルテル植林地(面積33,000ha)に学校・教会・スーパーマーケット を作り、従業員を家族帯同で送り込み、植林事業に従事させた。
近隣諸島の住民も子弟を学校に行かせて勉強をさせ、日曜日には教会のミサに参加し、帰りにはスーパーで買い物をするようになった。
通学も・教会参拝もカヌーでの送り迎えで、のんびりしていいものだ。
真面目に授業を受けていれば、文盲もなくなるはずだが、アマゾン地域には未だに文盲の大人がいるのにも驚きだ。
さすがに病院までは建設できなかったが・・・。
このポルテル植林地に行くには、ブレベスから10時間の船旅 となる。


26. f0096068_8465461.jpg車に跳ねられた犬の死骸は、そのまま幅2mの中央分離帯に放置するのにもビックリだ。
でも、その後ウルブーという鳴かないハゲタカ が死骸を掃除する。
残っているのは骨だけで、完璧に掃除してくれるのにもビックリだ。






f0096068_8482294.jpgだが、時々この羽を持っているウルブー が車に跳ねられて死んでいるのを見かけた。
多分、食事に夢中になり逃げ遅れたのだろう、車もフルスピードで走っているので・・・。






27. f0096068_8514020.jpgアマゾンで木造の旧事務所 の時は、よく毒蛇 が侵入して来た。
アマゾンの蛇(コブラ)は、略90%が毒蛇で、しかも猛毒だ。
田舎に行けば片足の無い人や片腕の無い人がいるが、殆どの人が毒蛇に咬まれて切断した人達だ。





f0096068_8563647.jpg毒蛇の種類も多く、その上血清が田舎まで行き届いていないので、毒蛇に咬まれたら素早く咬まれた手足を切断 する必要があったようだ。
切断しなければ毒が全身に回って死を待つことになるだろう。



こんな毒蛇が事務所に入って来るので、社員は総立ちになり、 仕事どころではなくなる。
そんな時、何故か勇気のある社員が、棒で押さえて素手で捉まえるのだ。
その勇気に社員は喝采するが、咬まれた場合のことを考えていない。
咬まれても会社には血清もなく、危険そのものだ。
そんなエジバルド君を、今思い出したよ。


28.アマゾンの日本企業(大手商社)が撤退するに当り、彼らが所有する拳銃3丁の引取の依頼 があった。
我輩  :「弾が出る拳銃なら引取りますよ」
商社  :「一度試し撃ちしてみて下さい。こちらから拳銃を持参しますから」
   我輩  :「分りました、来週の金曜日に持ってきて下さい」
   その日までに構内に射撃できる場所と的を作り、金曜日に試射することにした。
   商社  :「この拳銃です。撃ってみて下さい」
保安要員に拳銃を渡し
我輩  :「撃って見なさい」
「バン」「バン」 問題なく弾が出たのは言うまでもない。
その時、毎回銀行まわりで警備に連れて行く保安要員に、腰のホルダーに入れている拳銃を「撃って見ろ」と言った。
保安要員が腰の拳銃を取り出し、的に向って引き金を引いた。
「カチッ」「カチッ」 何度やっても拳銃の発射音がしない。
全く手入れをしていなかったようだ。
その後、手入れを義務付けたのは言うまでもないが、1~2ヶ月に一度、敷地内で試し撃ちをやらせることにした。
こいつ達を連れて、 現金運搬や銀行回り をしていたのかと思うと冷や汗が出たよ。
弾も長く保管していると湿気で駄目になるケースもあり、古い弾から使うように指示して射撃を実行させた。
この事は、日本からの進出企業の集りで「笑い話」 になり、月一回の進出企業の食事会(親和会)では、いつまでも話題になった。
私にしてみれば、 笑うに笑えない話だが・・・。

f0096068_9111033.jpgその後、現金運搬には拳銃だけでなく、ショットガン も携行するようにした。
ただ、企業がショットガンを所有するには軍隊の許可が必要だが、許可は下りなかった。



我社に近隣する会社は殆ど強盗に襲われた 時期で、かなり危機感が増して、緊迫していた時期なので、駐在員の個人名義での所有として、 3丁のショットガン を購入して会社で使っていた。
ショットガンの威力は彼らも知っているので、威嚇にはなったのであろう。
幸いにして不幸な事件・事故は起きなかったので事なきを得た。

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by wagahai_tt | 2009-05-12 09:17 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(7)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

22.  日本では経験できないことを、ブラジルでは多く経験させてもらった。
その中に一つに、デノミネーション(デノミ)がある。
ハイパーインフレが昂進して、レストランでの食事も札束を用意しなくてはならず、自ずと個人の小切手発行が増えてきた。

f0096068_6541715.jpg個人も当座預金口座を開設し、家内にも銀行にサイン登録をさせて、買い物などで小切手を発行した。
個人での小切手発行 も初体験だ。




私の給料が月額1億 に達したのもこの時期だ。
給料が1億と言う単位も初めてだ(円単位でないのが残念だが・・)。
そんな中で、突然政府が1,000分の1 のデノミを発表した。
実施と同時に、新通貨呼称の発表と新貨幣の発行を行ったが、国土も広く全国に出回るのには時間もかかり、自ずと新旧両貨幣の併用となる。
聞けば、インフレで桁数が増えたので、 政府のコンピューターの桁数が不足して デノミを実行したと言う噂もあったが、我々が日常業務で使用していたパソコンでも問題だったので、この噂には真実味があった。
勤務時代に、このデノミを3回経験した。
即ち、貨幣単位が10億分の1 になった事になる。

【通貨呼称の変遷は、(赴任時)クルゼイロ(CR$)→クルザード(CZ$)→  ノーボ・クルザード(NCZ$)→クルゼイロ(CR$)→レアル(R$)(現在)と僅か20年間で目まぐるしく変わった。】


23.   ブラジル時代に、米国のシティー・バンク やチェス・マンハッタン・バンク、f0096068_7536.jpg更に英国のロイズ・バンク などと取引をしたが、そんな中でそれぞれのお国柄を感じたのもこの頃だった。
シティーやチェスは米国最大手だけあってスケールも大きく情報量も非常に多く持っていた印象であったが、英国のロイズ・バンクには日本と同じような島国を感じさせる固さがあった。


f0096068_775372.jpgある時シティー・バンクから、米国とブラジル国の間で「スワップ取引」 の提案があり、興味を持って検討したが、取引の最低単位が1口(1口=100万ドル)以上と我々現地企業としては大口資金が必要で、しかもこの取引資金で、米国の中で新規起業する具体案がまとまらず諦めた。
この場合の「スワップ取引」とは、 米国企業がブラジル国内で資金を必要とし、ブラジル企業が米国内で資金を必要とした場合、資金の相互交換を行う取引を指す。この取引は、お互いにそれぞれ相手国内のシティー・バングに口座を開設し、米ドルは我々の米国口座に、クルゼイロは相手のブラジル口座に振り込むことになるので、双方とも国内取引で為替取引にはならない。
即ち、ブラジル中央銀行を介した正式な為替取引ではないので、 一種の闇取引 になるのであろう。
特に為替の自由化をしていないブラジルで、中央銀行の煩雑な手続きによる許可を必要としない取引なので、魅力的な手段だったかも知れない。
シティー・バンクだからこそ出来た取引方法なのだろう。
シティー・バンク以外は、ブラジル国内の現地法人だったが、シティー・バンクは何故か、ブラジル国内に設立した米国シティー・バンクのブラジル支店であったようだ。


24.   ある日、昼食後の休憩時間に、 保安係より 緊急連絡があり。
保安 :「二人組みの不審者が敷地内に侵入したので、保安詰め所へ連行途中に、彼らが隠し持っていた拳銃を発砲してきたので、応戦した結果、 2人を撃ってしまった 」
現場に急行して見ると、既に二人をワゴン車に乗せていたが、保安係りが伏せて撃っているので、一人は左の腋の下から入った弾が肩口から抜けて首に当り、血泡を吐いていた。
残りの一人は腰の辺りに 弾が当り唸っていた。
我輩 :「すぐに救急病院へ搬送しろ。それから警察へ連絡しなさい。」
報告を聞くと、当社の保安要員が敷地内を巡回中に、不審者を発見。
保安本部に無線連絡しながら二人組みの後ろ10mを歩いていたら、いきなり隠し持っていた拳銃を発砲して来た。
とっさに身を伏せて携行していた拳銃で応戦し、当方には被害なし。

f0096068_7292351.jpg当社の保安要員20名は、全て軍隊経験者 であり、銃の取り扱いには慣れている。
警察の現場検証と事情説明を終えた頃、病院から帰ってきた保安要員の報告では、血泡を吐いていた一人は病院で死亡、後の一人は腰の脊髄を損傷し、助かったとしても、今後は車椅子生活になるとの事。
この拳銃は38口径の回転式6連発のリボルバー なので威力はある。
警察の説明では、この二人は五人組の片割れで、その前に街道でビール会社のトラックを襲い、現金強奪して警察に追われていた犯人達で、たまたま二人が当社の敷地に逃げ込んできたようだ。
当社の敷地は253ha(2,530,000m2)と広く、コソ泥もよく出没していた。

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by wagahai_tt | 2009-05-08 07:34 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(6)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

17.  ブラシルでの買い物は値切るのが当り前だ。値切り代が値段に含まれているようで、値切らずに買うと高いものを買う羽目になる。
何でも、どこでも、 値切るのが当り前 になり、しつこく値切る習慣が出来た。
そんな一時帰国の時、 デパート高島屋 で値切ってしまった。
店員が根負けしたのか、私が根勝ちしたのか・・・・。
我輩 :「ブラジルからの一時帰国中なのだが、ブラジルでは値切るのが当り前なのだよ」
店員 :「ここは日本のデパートですよ。」
我輩 :「デパートでは値切れないの?上司に相談してみてよ・・・」
店員 :「しばらくお待ち下さい、上司に聞いてきます」
しばらく待つことにした。
店員 :「上司に聞いてきました、 5%だけ値引きします。
他には言わないで下さいね」
我輩 :「分った、言わないよ」
遂にデパートで値切ってしまった。
娘  :「もう! お父さん、恥ずかしいよ」
と一緒に居た娘が言っていたが、「駄目元だよ(駄目で元々)」、値切ってしまえば娘も文句を言わなくなったよ。


18.  ブラジルでは、車内にゴミ箱を置いていないので、車で走っている時、  
ゴミは窓を開けて全て外に「ポイ」、 窓の外は大きなゴミ箱 の感覚だった。
市内は掃除をする人が最低給与で働いている。
「我々がゴミを捨てなければ、彼等は失業だよ・・」、なんて悪態をついていた。
一帰国時の空港から自宅までの車の中で、いつもの習慣で窓からゴミを
「ポイ」。
娘  :「お父さん、ここは日本よ!! ブラジルではなのいよ!!」
反省・反省・・・。


19.  熱帯アマゾンでのバスルームは、固定式の水シャワー が一本だけだ。
夜は、スコールの後で気温も下がり、寒いので お湯のシャワー が欲しい。
そこで200ボルトの電源に電熱器 (ニクロム線)を接続してシャワーヘッドに取り付け、お湯のシャワーにする。
蛇口をひねって水を出すと、自動的に電熱器のスイッチ が入りお湯が出始める。
湯加減は、 出す水の量で調節する優れものだ。
最初は感電しないかと心配したが、お湯を出している時に電熱器に触らない限り感電はしなかった。
 
  
20.  サンパウロはブラジルの南部で四季のある地域だ。
サンパウロ勤務時に、アパートにバスタブ はあるが、お湯は出ない。
水を溜めて電熱器 を入れて沸かすのだが、これが優れものだ。
電熱器の名前が「デンスケ」 で日系人が必要に駆られて作ったものだ。
「デンスケのスイッチを入れたまま入らないで下さい」との注意書きはあるが、スイッチを入れたまま入っても感電はしなかったよ。
「早く入りたいし、入っている時に冷めてきたら追い炊きしたいし」、こんな横着な理由で、入ったまま200ボルトのスイッチを入れたのが切欠で入るようになったが、 感電事故 が起きなかったのが不思議な位だ。
皆さんは真似をしないで下さい。


21.  ブラジルは最低給与制で、 当時は国民の約60%が最低給与で働いていた。
そんな状況の中でも、真面目に働いている社員を対象に、 年一回昇給 させていた。
ある日、社員が私に・・、
社員 :「セニュール、今回は、昇給してくれてありがとう」
我輩 :「真面目に仕事をしているからだよ、良かったな、これで一本多くビールが飲めるのではないか」
社員 :「セニュール、自分はビールを飲まないよ」
我輩 :「そうか、それならどうするのだ?」
社員 :「セニュール、自分は貧乏人だが、知人にはもっと貧しくて 子供も沢山いる奴がいるので、一人引取って 養うことにしたよ」
我輩 :「・・・・・・」
言葉が出ないほど感動した。
後日、この社員が一枚の写真を見せに来た。
社員 :「セニュール、この子が前回話した子供だよ」
貧しい者同士の助け合い、 昔の日本にもあったような気がするが・・。

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by wagahai_tt | 2009-05-04 06:36 | 印象深い事柄 | Comments(2)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(5)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

13. ブラジルは、日本の印鑑と違い、 サインの世界だ。
どんな書類にもサインをするが、一日のサイン量が半端じゃない。
一日平均1,000枚以上 のサイン量だよ。
これだけやると腕が棒になる、「足が棒」は聞いたことがあるが、「腕が棒」だよ。
印鑑なら部下に「お~ぃ、ちょっと捺して置いてくれ」と頼めるが、サインはそうは行かない。
結局自分でサインするのだが、このサインが問題だ。
サインも一年経過すると全く違うサインになる。
赴任当初に1千回以上の練習をするが、本番ではすぐに変化が現れる。
これが困ったもので、サインが定着するまでにかなりの期間がかかる。
サインは登記所に登録 するが、この登記所が個人経営なので結構融通が利くのもブラジルだ。
融通の利いたサイン登録証明は信用できないが、そこはブラジルだ、お互いに信用し合うことになる。
登録は2年毎の更新が必要だが、2008年の旅行で6年ぶりに依頼したサイン証明 が問題なく出来た事にも驚いた。
でも、この融通がブラジルらしくて、素晴らしいではないか・・・。


14. ブラジルは移民の受入国人種の坩堝だ。
f0096068_641339.jpg白人から黒人までいるが、その中間色の人が非常に多い。
白・薄茶・茶・薄い焦げ茶・焦げ茶・濃い焦げ茶・黒と大まかに言うとこのような肌の色になるが、それだけ人種が多いと言うことだろう。
肌の色の種類も多いが、人種も各国からの集まりで、 文化も多様だ。
赴任当初からカルチャーショックそのものだったが、その環境に慣れて、4年目に、最初の一時帰国をしたとき、通勤電車に乗ったらどこを見ても日本人の顔・顔・顔・顔だ。 単一民族のこの状況には、逆カルチャーショックを受けたよ。
日本人に慣れている筈なのに、数年間ブラジルで生活していると、感覚が変わったのであろう。
地球の反対側のブラジルに、 もう一つの日本がある。 日本人移民者の子孫が今では160万人にもなっているようだ、聞けば既に6世の日系人が誕生しているようです。
第一回の移民船「笠戸丸」から数えて、2008年6月で、移民100周年を迎えた。
一世紀の歴史だ。

15. 現地通貨の偽札 を二度手にした、明らかに偽札と分るのものだが、誰かが故意に作ったものではなく、 造幣局の印刷工程のミス によるものと思われるものだから、本来の偽札ではないでしょう。
一枚は最終工程が欠落 したもので、見るからに変なお札だった。
もう一枚は、印刷時点で版が逆 になったのであろう、左右が逆のお札だ。
いずれも銀行から運んできた札束の中に入っていた一枚だ。
印刷ミスが紛れ込んだものだから、偽札ではないが・・・・。
ブラジルらしいので記念にと思い残していたが、どこかに行ってしまった。
お金だけあって、お足が生えて何処かに跳んで行ったのだろう。


16. 1980年代のハイパーインフレ 時代(年間2,000%以上のインフレ)は、毎週末にスーパーの値段を張替えていた。
毎週土曜日の閉店後(日曜日は休日で教会参拝日)の作業なので、作業員も眠いのか手抜きをして、古い値札の上に新値札 を張っていた。
我々が買ってレジに持っていく時、新値札を剥がして出すと旧値で計算してくれていた。
まだバーコードでのレジ計算をしていない時期なので、我々が儲かったのかな・・? それとも値上げで、我々が損をしているのかな・・?
その後は、 タベラ(換算表) と言う方法になり、値段を張替える代わりに毎週変えた換算表をレジに置き、品物には一定の指数で価格表示がしてあるので、毎回値段を張替える必要はないが、レジで計算するまで、 正しい値段が分らなかった 時期でもある。
更にその後、バーコードによる計算が始まったが、値段が果たして正しいのか、値引き表示はしてあるが、果たして値引きをしているのか、いつも疑念を抱いていた時期 でもあった。

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by wagahai_tt | 2009-04-30 06:57 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(4)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

11 . 連邦財務局(Recita Federal=日本の国税庁)の監査が隔年に一度行われる。
その時の監査人にもよるが、中には多額の賄賂を要求する奴もいる。
ブラジルは、国会議員、地方議員、役人、果ては警察官まで賄賂を要求する。
この辺りが発展途上国と言われる所以なのかも知れないが・・・。
当初は、非常に怒りが込上げてきたものだが、 「郷に入っては郷に従え」 と言われてからは開き直った。
監査では必ずどこかにいちゃもんが付くので、我々としては調査して欲しくない部分は徹底的に隠し、見られても大丈夫なところにはお土産を用意して置いた。
監査人 :「こんな間違いがあったので、これは否認するよ」
我輩  :「仕方ないな、間違いはそこだけだったか・・?」
監査人 :「まだ全部見ていないので、これからだ」
彼らも全くミスがなかったとなると、「調査していないか、自分一人で賄賂を受取ったか」と疑われるので、簡単なケアレスミスは否認対象として、我々も認めてやることにしている。
その内、用意していた土産 に食いついてくる。
監査人 :「これはおかしいのではないか・・?」
我輩  :「全くおかしくないよ、 見解の相違 だよ」
ここでかなりの時間を掛けて議論をして、 監査日程 を一気に縮めることにする。
監査人 :「これは認められない」
我輩  :「どうすればいいのだ、裁判か・・・?」
監査人 :「裁判をしても良いが、時間もかかり得策ではないよ」
我輩  :「他によい方法でもあるのか・・?」
監査人 :「表に出さないように手を打つことも出来るよ。」
ここで賄賂を要求していると判断して、
我輩  :「幾らで出来るのだ。否認による支払税額の10%か・・・?」
監査人 :「仲間もいるので10%では無理だ、20%は必要だよ」
ここで一気に金額を確定 する。
我輩  :「お前達は会社を潰したいのか」
監査人 :「そんなことは考えていないよ」
我輩  :「税額の20%も払えないよ、10%にしてくれ」
監査人 :「少なく見積もっても15%は必要だよ」
我輩  :「分った(しぶしぶ15%を承認し)、今現金を持って帰るか?」
監査人 : 「現金は後で自宅に届けてくれ」
彼の自宅の住所を聞いて後日自宅に届けた。
監査人 :「中に入ってくれ」
我輩  :「現金を確認しなさい、お前達だけだよ、うまい汁を吸って私腹を肥やすのは」
インフレ時代の札束を数えながら、その中の一つを差し出して・・・。
監査人 :「これがお前の取分だ」
我輩  : 「えぇ・・・!!俺にも取分があるのか・・・?」
監査人 :「20%を承認していれば、分け前はもっと多かったのに・・」「ウイスキーでも飲むか・・・?」
我輩  :「飲むよ、乾杯でもするか?」
ウイスキーを飲みながら、時間を見計らって帰ることに・・。
我輩  :「そろそろ帰るよ」
監査人 :「このウイスキーを持って帰れ」
我輩  :「残り物は要らないよ、一本新しいものを持って来いよ。」
監査人が奥から一本持ってきたので、それを持って帰ることにした。
それにしても、私にまで分け前があるとは思ってもいなかった。
翌日、現金を会社に持ち帰り入金したのだが、やはり日本人だなぁ~、悲しいかな、独り占めはできなかったよ・・。
ただ、この入金が功を奏し、後日、社内の公認会計士達が、監査人から受取った謝礼を正直に申し出て、会社に返すようになった。
やはり正直は良いものだよ・・・・。
土産とは言え、否認による支払税額の15%で済んだことの方が大きい。
   
12 . ブラジル銀行の副支店長の子供の誕生日会に招待されて、彼の家に出向いて行った時、若い奥さんを紹介された。
彼は前の奥さんと離婚して、新たに結婚した相手が15歳ほどの年下のボニータで、デレデレしていた。
我輩  :「おい、若い奥さんを貰ったな・・・」
副支店長: 「えへへへ・・・」
ウイスキーを飲みながらテーブルに座っていたら、な・な・なんと・・・!!
前出の自宅まで行って賄賂を渡した、 国税監査人 が来たではないか・・・。
我輩  :「お前がなんで、ここに来たのだ・・」
監査人 :「俺はこいつと従兄弟同士 だよ」
我輩  : 「なに!!!」
2人とも黒人系のブラジル人だ。
ブラジルは広いが、世間は狭いね。 

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by wagahai_tt | 2009-04-26 07:12 | 印象深い事柄 | Comments(6)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(3)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。


8. ブラジルでの会食は、会場に到着した者から好きな飲み物を注文して、飲みながら他のメンバーの到着を待つのが普通だ。
全員到着後改めて乾杯から始めることになる。
一般的に、現地では集合時間に遅れて揃うが、待つ側も待たせる側もあまり気を使わなくて済むのが良いね。


9.ブラジル銀行 (BANCO DO BRASIL) の副支店長と親しくなりプライベートでの付き合いを始めたら、銀行員の内部的なイベント(クリスマスパーティーなど)などに、プライベートで招待してくれるようになった。
これを契機に支店長以下殆どの行員とも親しくなった。
お返しに我々の社内イベント(約24チームの職場対抗サッカー大会)に招待するようになったことで、お互いの恒例行事のようになっていった。
その銀行支店が、中小・零細農業家向けの農業融資 が捗らず、支店長が頭を悩ませていることを聞いて、この融資が低金利融資なので、早速「我社で借りてやろうか」と話を持ちかけた。
支店長 :「お前の会社は大企業だから無理だよ、それに農業ではないので・・・」
我輩  :「農業ではないが、我々の子会社で植林をやっている会社がある、植林は農業とよく似ているので、その子会社で借りるのはどうだ。他の中小・零細企業ではリスクも大きいだろう」
支店長 :「リスクを考えて今まで実行出来なかったが、本店からは融資実績が上がっていないことを、厳しくつつかれているよ」
我輩  :「我々の子会社への融資なら、担保は親会社の定期預金があるのでリスクは無いだろう。その方が支店長も助かるのでは・・」
支店長 :「そうだなぁ~、本店に許可申請をしてみるよ」
その後、本店の許可を得て融資の実行があった。
我輩  :「この融資資金は他銀行に振り替えるよ」
支店長 :「融資後は自由にしてくれ」
この農業融資は、農業振興融資で貸出し金利が非常に低く、他行に振り替えて高金利で運用し、かなりの利ザヤ を稼ぐことができた。


10.  ブラジル大手のバメリンドス銀行 f0096068_784012.jpg(後にHSBCに吸収される)が、 新規支店 を出店するに当たって、母店長から新支店への預金依頼があった。
この取締役母店長アデミー氏とは以前から親しくしていて、その都度情報交換を行っていた。
母店長 :「今度支店を出すので新規に取引預金をしてくれないか・・?」
我輩  :「どれ程の預金が欲しいのだ」
母店長 :「金額は任すよ。新規店なのでまだ預金残がないのだ」
我輩  :「分った。新規口座を開いてくれ」
母店長 :「新支店長を連れて訪問するよ」
我輩  :「分った。口座開設書類も忘れないように・・・」
その後、新支店に新規口座を開設し、他行から振り替えして5千万円程度の祝儀預金をした。
母店長 :「こんなに高額預金をしてくれるとは思わなかったよ」
我輩  :「開店祝儀だからな、でも必要な時は引き出すよ」
その後、1990年3月のコロール新大統領による預金凍結 が実施された時、市中の現金の流通が極端に少なく、現金不足で1,200人の従業員の給与(現金)支払 にも支障を来たす状況となり、母店長に相談を持ちかけた。
母店長 :「確約は出来ないが、なんとかやってみよう」
母店長が管轄している支店がアマゾン地域に80店舗ほどあり、各支店に連絡して、現金を新規支店に集めるよう指示を出してくれたようだ。
母店長 :「必要な現金が集まったよ」
我輩  :「ありがとう、従業員も会社も助かったよ」
母店長 :「又何かあったら連絡をしてくれ」
その後しばらくして、預金凍結解除になったので、その後は問題にならなかったが、この危機を乗り切れたのは彼のお陰だ。
こんな記憶に残る出来事もあった。

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by wagahai_tt | 2009-04-22 07:09 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(2)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

5.赴任当初、諸先輩達がブラジルの危険さを懇々と教えてくれた。
そんな中でタクシーは、相手が道を知らないと思ったら遠回りをするし、更に、勘定を払う時に、小銭が無いのでたまたま大きなお札をだすと、運転手は「釣銭がない」と言うのが常套手段だ、との事。
ある日飲み会の後、人相の良くない運転手のタクシーに乗った。
アパートまでは問題なく到着し、料金支払時に運転手が「釣銭がない」 。
早速やられたかと思い、
我輩  :「向かいの店で両替して来い」
運転手 :「あそこの店は両替してくれない」
こんなやり取りで重苦しい雰囲気になった。
我輩  :「それなら今日は支払をしない、後日あった時に払うよ」
運転手 :「分ったセニョール、いつもあの店にいるので・・・」
この日はこれで別れた。
次回飲みに行った時、この運転手が近づいて来て、
運転手 :「セニョール、ボア・ノイチ(こんばんは)」
我輩  :「あの時の運転手か・・・」
と言いながら料金の倍額を支払ってやった。
運転手 :「やっぱり日本人は信用できるし、最高だよ」
その後、この運転手は、私が飲みに行った時には、予約もしていないのに、私が帰るまで必ず待つようになった。(その間には何人かの客もあっただろうに・・・。)
人は顔ではないな・・。


6.最初の口論以降、前出の運転手とは親しくなり、家内の空港への送りも、この運転手がアパートの下で待機してくれていた。
ある日会社の車でブラジル人の来客を接待した後、ホテルまで送る途中に車が突然エンスト、来客に押してもらうもエンジンは始動せず。
たまたまこの運転手が通りかかり、タクシーを止めて話しかけて来た。
運転手 :「セニョール、どうしたのだ・・?」
我輩  :「エンジンが急にストップしたよ」
色々調べてくれたが全くエンジンは始動せず。
運転手 :「セニョール、この車は駄目だよ、明日の朝までに直してアパートの下まで持って行ってやるから、ここに置いて帰れ、お客はタクシーで送るよ」
迷ったが他に手段もなく、運転手を信用して任す事にした。
ホテルまでの道中、
来客  :「大丈夫か、車が無くなってしまわないか・・・?」
運転手 :「大丈夫だよ、彼とはベン・アミーゴ(親友)だから信用していいよ」
翌朝目覚めると同時に窓の下を確認したが、 車がない!!!
朝食も簡単に自分の車で現場まで行って見ると・・・・。
な・な・なんと!! 油だらけになりながら運転手が直していた。
運転手 :「ボン・ジア、セニョール、直るまでまだしばらく掛かるよ」
聞けば道具がないので家まで取りに帰って来たとのこと。
同僚に電話連絡して事情説明と現場で直るまで待って車を会社まで持って来てくれるように依頼して、私は来客を迎えにホテルに走った。
私が会社に到着して一時間後に同僚がその車に乗って出社して来た。
我輩  :「どうだった・・・?」
同僚  :「彼とは凄いアミーゴだな、何も受取らずに、“よろしく言っておいてくれ”と言っていたよ」
一度は喧嘩したブラジル人と、ここまでアミーゴになれるとは・・・・。

   
7. 下町の銀行訪問時に、時間制限のある侵入禁止を侵入し、左折禁止を左折 したら、そこに警察官がニコニコしながら立っていた。
警察官 :「セニュール、2回も違反しているよ」
我輩  :「分っているよ、幾ら欲しいのだ」
警察官 :「待っていろ、後続車も捕まえてくるから」
私の後ろに三台の車が止まっていた。
警察官 :「全員捕まえて来たよ、R$20(20レアル)でいいよ」
札を渡そうとしたら、
警察官 :「免許書の間に入れて渡してくれ」
人通りの多い下町、現金を裸で受け取ることを拒んでいた。
お前は、今日は実入りが良さそうだな・・・・。

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by wagahai_tt | 2009-04-18 07:05 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジル紹介 : 面白い出来事・印象に残る事柄etc.(1)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

1.ブラジル赴任当初、銀行訪問には車で行くが、銀行の前は何処も駐車禁止区域だ。
警備している警察官に何処か停めるところはないかと聞いたら、
警察官 :「ここに停めていいよ、自分が見ていてやるから・・・」
我輩  :「ありがとう、頼むよ・・・」
約1時間後に銀行から出て来て気が付いたが、駐車した場所は駐車禁止の看板の真下だった。
私が車に近づくと何処からかその警察官が現れた。
その警察官には100円程度の小遣いを払い、OKだったよ。

2.70km離れた隣町カスタニャールのゴルフ場に行った時、道に迷って一方通行を逆走しているのに気付いた、どこかで右折しようと思いそのまま進んでいたら、前方で警察官が検問中・・・、同乗の仲間が検問に気付き私にUターンを示唆したが、追いかけられては不利と思い、その場に停車して、大声で警察官を呼びゴルフ場への道を尋ねた。
警察官 :「ここは一方通行だよ、分かっているのか・・・」
我輩  :「ベレンから来て分からなかった、ゴルフ場に行きたいのだがどう行ったらいいのだ・・・?」
警察官 :「初めてなら仕方ないな・・。この道を真直ぐに進んで3番目の角を右に曲がりなさい・・・」
我輩  :「一方通行を逆走することになるがいいのか・・・?」
警察官 :「ここまで来のだから、気をつけてそのまま進め・・・」
一方通行を問題なく通りぬけることが出来てホッとしたよ・・・。

3.ベレン市内のメイン通りを車で走っていたとき、歩行者専用の信号が赤に変わった。見通しの良f0096068_8181790.jpgい場所でもあり、横断する人は誰もいないので信号無視。
“ピィー” と笛の音と同時に木陰から警察官が現れた。
警察官 :「赤信号に気が付かなかったのか・・・?」
我輩  :「いやぁ~、赤信号には気が付いたが、お前が立っているのに気が付かなかったよ。」
警察官 :「アハハハハァ~・・・、そうか気をつけて行けよ。」
我輩  :「ムイット・オブリガード(ありがとう)、セニョール!!」
洒落の分かる警官で、おトガメなしで、いとも簡単に許してくれたよ。

4. サンパウロの交差点で日本からの駐在員が信号待ちをしている時、いきなり車窓からナイフが・・・・。
強盗  :「お前はローレックスの腕時計をしているか・・?」
駐在員 :「しているが、それがどうした・・・?」
強盗  :「それをこっちに渡してくれ!!」
駐在員 :「お前はこの時計を持って行けば幾ら貰えるのだ・・?」
強盗  :「一個CR$50(50クルゼイロ)だ・・・」
駐在員 :「そうか、それならCR$50を今お前にやるから時計は置いとけ」
強盗  :「分かった、それでも良いよ。」
単身赴任時に、「前長」と言う日本レストランで夕食をしていた時、入ってきた駐在員が
「イャー、今、強盗にやられましたよ」
「エェ~! どこで・・・? 被害は・・・?」
の会話の後に続いたのが上の話で、ローレックスだけを狙う強盗だったようだ。

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by wagahai_tt | 2009-04-14 08:21 | 印象深い事柄 | Comments(4)