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カテゴリ:印象深い事柄( 108 )

マラカクエラ植林株式会社


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(151)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

309.  マラカクエラ植林株式会社

植林地         面積
Garrafao do Norte (Para) 2,000 ha

2.ガハホン ド ノルチ植林地
1995年5月に購入した農業跡地約2000 haの荒廃地でのパリカ植林に取組み始めた。
州政府が分譲する農地の一区画は25ha=250,000㎡=100m×2,500mだった。
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栄養価の高い表層土が風雨に晒されて殆ど無くなっている荒廃地では、バーク堆肥を投入し土地を天地返ししながら耕して植林を実施するので農業と同じです。
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現場で苗床を作り、種を発芽させて育てた苗木を新植するのだが、荒廃地なので失敗と努力を積み重ねながら、アグロフォレストリーを実施することで植林木を成長させることに成功している。
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毎年250haに早成木樹種パリカを中心にした植林を行っていた。
早成木なので新植から半年で1m50程度に成長する。
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2年木、5年木、10年木と成長は早い。
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植林地と植林地の区画間には6m幅の防火帯を設けて、万一火災が発生しても隣接植林地に延焼する前に消火できるような対策と植林地見回り道路として使っていた。
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植林木が成長するに従って間伐が必要になり、間伐材の利用方法も検討していた。
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植林地の中には全く手を付けていない自然保護区を設けて保護もしていた。
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この植林地を管理する事務所とトラックやトラクターなどの運搬車両やその部品及び工具を格納する資材倉庫なども兼備えていた。
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更に植林地で働く従業員3家族用の宿舎と二人の植林技師用宿泊施設も備えていた。
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ベレンから230km離れた場所であったが、道路は地道でしかも雨季には道がぬかるむので、車で4時間以上要したが、それだけに記憶に残る植林地だった。


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by wagahai_tt | 2014-07-02 04:28 | 印象深い事柄 | Comments(0)

マラカクエラ植林株式会社


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(150)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

308.    マラカクエラ植林株式会社

ブラジルでは外国資本による農地取得が許可されていなかったので、国内資本の会社「マラカクエラ植林株式会社」を設立して、植林事業を行っていた。

各地に植林地を取得して、その植林地近辺のマネージメントや植林事業を主な業務としていた。

植林事業
子会社マラカクエラ植林会社で、農地や森林を取得して植林事業を実施していた。
自社植林地            面積
Portel (Para)      33,000 ha
Breves (Para)           3,000 ha
Anajas (Para)           6,500 ha
Viseu (Para)           5,000 ha
Igarape-Acu (Para)          240 ha
Parintins (Amazonas)       3,000 ha
Codajas (Amazonas)        4,300 ha
Jurua (Amazonas)        26,000 ha
Garrafao do Norte (Para)     2,000 ha
TOTAL              83,040 ha

1.ポルテル植林地
ポルテル植林地は33,000haと面積も広く自然林でビローラ樹種の樹下植林を行なっていた。植林地の巡回や捕植メンテナンスに必要な人材は、従業員数家族を奥地の植林地に送り込み植林地管理を行なっていた。

従業員を家族単位で送り込むために、子供達の教育に必要な学校を建設し、先生を1人送り込み対応していたので、近隣離島からも子供達がカヌーで学校に通っていた。

更に、カトリック信者の家族に必要な教会を建てて牧師の巡回をお願いしていたので、ミサの日には近隣離島からも島民がカヌーで参拝していた。

家族達が必要とする食糧や日用雑貨は、スーパーマーケットを建設して販売していた。
従業員家族が必要とする物品は事前に注文を受けて、ブレベスやベレンで調達して船で輸送していた。
従業員のスーパーでの購入は前貸し制度で、給料支払時に清算していた。言うまでもないが近隣島民には現金で販売する事になる。

1998年2月に日本の本社から3人の役員の訪問を受けて、彼らをポルテルにあるピアリン植林地に案内した。
ベレンからブレベス基地までテコテコで飛んで、ブレベスからは船で現地に向かった。
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この植林地にはアナニ所有の大型船で夕方6時にブレベスを出航し、現地には午前4時頃到着する約10時間の船旅になる。

この船旅はデッキにヘッジ(ハンモック)を吊ってゆっくり横になり冷えたビールやカイピリーニャを飲み、ほろ酔い気分で気持ちの良い川風を受けながら寝る事になる。

午前4時の到着ではまだ夜が明けていないので川岸から100m程の沖合に船を停泊させて太陽が顔を出すのを待つ事になる。夜明け前に接岸すると猛烈な蚊に襲われる事になり、沖合での停泊となる。

100m離れていると蚊は全くいない、多分蚊は100mの沖合まで飛ぶ事ができないのであろう。
夜明けとともに船を接岸し、まだ薄暗い植林地の発電機のエンジンをかけて周辺に明かりをつけ上陸することになる。
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上陸後は事務所周辺の植林地、植林木や学校、教会、スーパーなどの視察を行い、更に従業員家族の要望等聞き改善に努めていた。

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by wagahai_tt | 2014-06-11 03:42 | 印象深い事柄 | Comments(0)

アナニ船舶有限会社


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(149)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

307.       アナニ船舶有限会社

国境周辺のアマゾン地域では、外資による海運業が禁止されているので国内資本で立ち上げたアナニ船舶(有)で船を運航していました。

アナニは大型船から二人乗りのモーターボートまで約40隻の船舶を所有して、ツルマ(グループ)がアマゾン各地の業者訪問や筏輸送を一手に引き受けていた。
更に、ブレベスやベレンで係留筏の管理作業の為の小型船の運行管理を行っていた。その上奥地の植林地で勤務する従業員やその家族が必要とする生活物資を運搬していた。

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我々が奥地の植林地を訪問する際も、大型船でヘッジ(ハンモック)を吊って夜の川風に揺られながら訪問していた。エアコンを設置したキャビンを備えていたが、ヘッジ方が人気があった。

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大型船は二階建ての大型船で船長、機関士、調理人たちが乗務して運行していた。操舵室は二階前方にあり、機関室は一階中央部後方にあり、操舵室と機関室のコミュニケーションは一本のロープとそのロープの先についている鈴の鳴る回数だけである。
エンジン始動、エンジン全開、スクリュー逆回転、停船、など等の指示も鈴の鳴る回数だけである。

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アマゾンには電話中継基地が無いので本部との連絡は全て無線か通信衛星を利用した衛生電話だった。船の屋根には無線の受信・発信用のアンテナと人工衛星からの衛星電波を受信するパラボラアンテナを装備していた。
無線も衛星電話も会話は交互通信だった。

彼等は一度出航したらアマゾン河流域を航行ながら約一ヶ月の船旅になる。業者の居る各港に寄港した時は、港に上陸して宿泊したり、時には船で宿泊したり、と過酷な労働に従事していた。




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by wagahai_tt | 2014-06-04 04:23 | 印象深い事柄 | Comments(0)

バーク堆肥


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(148)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

306.            バーク堆肥

自然林の中では一本の大木の下には数100本の幼木が世代交代を待っている。森林の新陳代謝は自然の力に任せるのが良いかも知れませんが、大木を伐採し原材料として家具や建築などに活用するのも積極的な方法です。
森林は再生可能資源なので、植林などにより再生することで永遠に活用できます。
1本の成木を択伐する事により、成長チャンスを虎視眈々と窺がっている数100本の幼木が一斉に成長を開始するので、森林の活性化に繋がり、更にCO2固定化も促進されることになります。
一般的には利用できない木の樹皮をチップ化したものや大鋸屑に豚(350頭飼育)の糞尿を混ぜて発酵させた有機堆肥を植付け前・植付け後の施肥に使用することにより、植林木の成長促進を行っていた。
本来産業廃棄物でしかない樹皮を堆肥として再利用する事は画期的な発想であり、木の全てを使い切る事で、資源の有効活用と植林による自然保護を図っていた。

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(大鋸屑堆肥)              (豚の飼育)

この樹皮の堆肥化で2000年12月にブラジル全国工業連盟(CNI)の環境賞を受賞している。環境賞受賞に当ってはアマゾンで活動していた過激派環境団体グリンピースの嫌がらせを受けたが、功績の大きさが評価され受賞に至っている。

過激派環境団体グリンピースも彼らの行動を世界にアピールする目的だけの活動ではなく、アマゾン自然保護に繋がる植林活動や水辺に居住する住民の生活権確保の為の活動もすべきではないかな!!!



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by wagahai_tt | 2014-05-28 04:17 | 印象深い事柄 | Comments(0)

荒廃地植林


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(147)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

305.           荒廃地植林

栄養分の多い表土がほとんど無くなった荒廃地を、開墾し施肥して植林を行うのは農業と同じです。
アマゾンの荒廃地(農業跡地)に成長の早い広葉樹パリカ (Schizolobium amazonicum:マメ科)の植林を行っていた。
広葉樹の植林は苗木活着も悪く困難だと言われていたが、研究と試行錯誤の中で新ノウハウであるアグロフォレストリー手法を採用して可能となった。
ポットで苗木を育てて、それを植栽地に植樹する。

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樹根に樹皮を発酵させたバーク堆肥をマルチングする事で、板根の発生を抑制しながらアグロフォレストリーで成長促進を計っていた。

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植林当時のパリカの成長から考えて、約15~17年伐期を目標にしたのも新ノウハウ(アグロフォレストリー)によるものであるが、まだその伐採期は先のことである。
植林の為に開墾・施肥・植付けを行うが、植林地開墾にもブルドーザー・トラクター等重量機械が必要であり、又苗木が成木になるまでには15年以上(樹種によっては50年以上)かかるために採算的には非常に厳しいが、環境的には素晴らしいことであろう。
パリカの植林は商業用樹であるが、木材の需要が、植林木への依存度が高まれば高まるほど自然林への依存度は低くなり、植林木もその成長過程でCO2の固定化を行う事で地球環境に対しての貢献度は大きいはずである。


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by wagahai_tt | 2014-05-21 04:47 | 印象深い事柄 | Comments(0)

宮脇植林


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(146)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

304、           宮脇植林

アマゾンの荒廃地に宮脇方式の植林を行なう事で熱帯雨林の回復が少しでもできれば、地球温暖化防止にも効果があると考えています。
横浜国立大学宮脇昭名誉教授(現・国際生態学センター長)の提唱される、「鎮守の森」つくりが宮脇方式の植林です。
即ち、その土地に自生する樹木を、自然の状態と同じように雑植・混植する方式で、植林した後は自然の力に任せて人手を加えない。活着して成長を始めるものもあり、淘汰されて枯れるものもあるだろうが、それが自然だと言う考え方の植林方法です。

 
(植林後6ヶ月の宮脇植林)
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(3年経過の宮脇植林)
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(自然林)
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人手が関わるのは、種の発芽からポットでの苗木の育成と、その苗木を大地に植栽する迄で、その後は自然の力に任せる植林方法です。
アマゾンでの宮脇方式の植林は、1992年のリオで開催された環境サミットの年にスタートし、毎年実施して現在に至っています。
アマゾンの荒廃地でも地場の苗木は比較的良く活着して、2年後には森を形成し始め、3年後には自然林の生態系を作ります。

2011年5月26日夜、東日本大震災で津波被害を受けた東北地方で、宮脇方式の植林で防潮林を提案されているようです。10年ほど以前に東北地方で実施した宮脇植林が津波を受けたがしっかりと生き残っている状況が日テレで放映された。海岸線の松林は壊滅しても広葉樹の宮脇植林は生き残っている状況の放映を見ると、根がしっかりと岩を抱え込んでいた。
宮脇先生曰く、「木質ガレキを燃やすのではなく、コンクリート破片等と土中に埋めてその上に宮脇植林を行なえば10年程度で根がガレキをしっかり抱え込むので、津波にも耐えることが出来るし、津波の引き潮で家屋や車を海中に引き込まれるのを防ぐことも出来るようになる。」と素晴らしい発想が放映されていました。
塩分を含んだ木質ガレキの焼却は、危険な硫化水素の発生と焼却炉の損傷の原因になるので、そのままでは焼却処理が出来ないようです。一旦塩分を真水などで除去した後に焼却が必要になるので時間も手間もかかります。
宮脇先生のこの有効な提案も、まだ政府側は無視して取り合っていないのが残念ですね。



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by wagahai_tt | 2014-05-14 02:35 | 印象深い事柄 | Comments(0)

荒廃地


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(141)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

299.            荒廃地

アマゾン川流域の熱帯雨林面積は約4億haと言われ、今ではアマゾン河口のパラ州には1,600万haもの荒廃地があると言われています。

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荒廃地の出来る大きな要因は、牧場跡地や農業跡地で、地力を失った土地を放置する事により、土地は風雨などの浸食で、益々地力のある表層土を失って荒廃地化して行きます。

ブラジルは1500年代にポルトガルの植民地になってから、1930年代後半まで、ブラジル経済は第1次産業の輸出に依存してきた歴史があり、ポルトガルはブラジルを原料供給地と位置づけていました。また、1950年からの55年間、ブラジルの人口は毎年2%の割合で増加し、食料需要の増大に伴う農業生産の強化策を推進する必要があったので、その当時は農地拡大の理由により、アマゾンなどの森林地帯を農地へ転換するための環境破壊が容認されていたのも事実です。
このように森林破壊の元凶は、農地開拓や牧場開拓が主な原因です。

地球上の熱帯雨林総面積は8億3千万haと言われています。
アマゾン流域の熱帯雨林面積は 4億ha・・・・・・・・・48.2%
東南アジアの熱帯雨林面積は 2億5千万ha・・・・・・・30.1%
中央アフリカの熱帯雨林面積は 1億8千万ha・・・・・・21.7%
但し、熱帯雨林面積は年々減少傾向にあり、地球温暖化と気候変動への影響が危惧されます。


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by wagahai_tt | 2014-03-26 04:06 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジルの土壌


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(140)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

298.       ブラジルの土壌

土壌
ブラジルの土壌はラテライトと呼ばれる粘土質の赤土で、鉄やアルミニウムが多く残留している土壌なので、植物にとって決して肥沃な土壌ではありません。

上空から見たブラジルの土壌
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地上では一面赤土が広がっている

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アマゾン熱帯雨林の肥沃な土壌は、表層土1~2m程度なので、熱帯の樹木は成長に従い板根という特殊な板状の根やマングローブのような支柱根といわれる支え棒のような根を持つようになります。これは薄い表層土の上で自身を支えるための手段です。

(板  根)
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(支 柱 根)
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アマゾンの熱帯雨林を皆伐して牧場や農場を造成するが、肥沃な表層土も手入れも無く長年使い続けることで次第に地力を失い、そこに生える牧草には栄養素が無く、このような牧草では牛が肥える事も出来ず、また農業も同様に作物が育たなくなる。
この様に地力を失った牧場や農地は、堆肥を施肥しながら地力を維持するのが普通だが、これには継続的な管理が必要で、しかもかなりの経費がかかります。
そこで今迄の土地を放置して、安易に地力のある熱帯雨林を皆伐開墾し、牧畜や農業を営むために奥地に広げて行き、放置された土地は益々風雨の浸食で荒廃地となる。
この繰り返しが荒廃地の拡大となり、森林破壊に繋がっています。


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by wagahai_tt | 2014-03-19 04:25 | 印象深い事柄 | Comments(0)

アマゾンカントリークラブ(ACC)記念植樹


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(139)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

297.      アマゾンカントリークラブ(ACC)記念植樹

2002年10月の帰国に当り、9月29日にアマゾンカントリークラブのメンバーが送別コンペをやってくれた。
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コンペ後のサプライズでゴルフ場の新コースのスタート地点の近くで、イペ・アマレイロ樹種(ブラジルの国花)の記念植樹を用意してくれていた。

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メンバーの見守る中で家内と二人で記念植樹を行なった。

2011年にメンバーの中の一組のご夫妻が来日して、我家を訪ねてくれた時に、「イペの記念植樹がかなり大きくなっているよ」と報告してくれた。
枯れずに生きていたのだと安堵しました。

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記念植樹の後はクラブハウスで記念品の贈呈があり、送別コンペは滞りなく終了した。

今では良き思い出になっている。


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by wagahai_tt | 2014-03-12 05:39 | 印象深い事柄 | Comments(0)

ブラジリアでゴルフ


ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(138)

ブラジルで印象に残った話をまとめてみた。

296.      ブラジリアでゴルフ

1996年12月30日にベレンを出発して、2時間程で首都ブラジリアに到着し、ゴルフバックを担いでホテルにチェックインした。
参加メンバーは総勢7名だった。

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到着日の夜は近くのレストランでテーブルを囲み明日のプレーに備えた。

翌日12月31日は大晦日であったが、大統領官邸の向こうに人工湖パラノア湖があり、この広大な人工湖に面してゴルフ場がある。

ブラジリアゴルフ場
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セラードと呼ばれる乾燥地帯にあるゴルフ場なので、グリーンには数本のスプリンクラーが常時水を撒いていた。
パターの時にはキャディーが雑巾でスプリンクラーの方向を固定して、我々に水がかからないように調節を行なっていたが、時には背中に水がかかる時もしばしばあった。
そんな中で楽しくプレーを終えて、夕方の便でベレンに帰って来た。
翌日1997年1月1日は新年を祝う祝日だが、ブラジルでは1月2日からは通常通りの勤務となる。


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by wagahai_tt | 2014-03-05 06:16 | 印象深い事柄 | Comments(2)