ブラジルの切手紹介-43


ブラジルの独立

1982年に発行されたブラジル独立の切手です。
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1822年9月7日、ペドロはサンパウロのイピランガ川のほとりで「独立か死か」との、いわゆる「イピランガの叫び」を発し、ブラジルの独立が宣言された。ペドロはリオでブラジル皇帝ペドロ1世として即位し、ブラジル帝国が建国され、ハプスブルク家の黄色とブラガンサ家の緑のリボンで町は満ち溢れた。ポルトガル軍は残留したものの、ホセ・デ・サン=マルティンに仕えてペルー解放に同行した元英王立海軍の軍人、トマス・コクレーン卿の活躍もあり、マラニョンのポルトガル軍は排除された。こうしてブラジルの独立が達成された。
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ブラジルの独立はリスボンの政治家達が激しく反対した一方で、ブラジルの側近達が後押しして、若き王子の心は独立へと傾いていった。王室がポルトガルに帰還してから約1年後の1822年9月7日、王子はブラジル「帝国」の独立を宣言し、同年12月1日、自らをドン・ペドロ1世と称して正式に皇帝の地位についた。

ブラジルの独立はイスパノアメリカ(中南米大陸のスペイン植民地) 諸国の独立と比べると大きな混乱や政治的な対立を伴わずに達成された。
これは植民地時代にブラジルを包括する原初的な国内市場が成立していたことと、ポルトガル王室のブラガンサ家が帝位に就いたために、イスパノアメリカ諸国のような分裂状態には陥らなかった。
しかし、このことはイスパノアメリカ諸国が解放者シモン・ボリバルやホセ・デ・サン=マルティン、ミゲル・イダルゴらによって16年間続けられた独立闘争により、曲がりなりにも本国出身者から政治権力を奪取したのとは対照的に、ブラジルにおいては植民地時代の権力構造と大地主の支配がそのまま継続したことにも繋がった。
既に1808年のリオ・デ・ジャネイロ遷都と共に、イギリス資本に国内市場が解放され、イギリスから莫大な投資が流入し、イギリスへの経済的従属が始まっていた。


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毎年9月7日は独立記念日として全国民が祝っている。アマゾン河口の街パラ州ベレン市でも軍隊の行進があり、軍と国民が一体となって祝っています。

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by wagahai_tt | 2012-11-07 03:44 | 切手 | Comments(0)
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