ブラジル紹介:面白い出来事・印象に残る事柄etc.(40)


ブラジル赴任当時の印象に残った話をまとめてみた。

97. 1984年7月13日にブラジルの航空会社のヴァリグ航空で成田を出発、機内の客室アテンダントはロスまではブラジル人スチュワーデスをメインに、日本人スチュワーデス2人だったが、ロスでクルーが全員交代し、その後は日本語の片言が喋れる中国人スチュワーデス1人で、ペルーのリマ経由での12時間のフライトだ。

f0096068_7342124.jpg成田を出発して24時間でリオ・デ・ジャネイロ国際空港に到着。
ブラジルに赴任した時のフライトは、成田出発・ロス・リマを経由して、リオでブラジルに入国したが、なんとその日も7月13日だったので、不思議な思いがした。



初めての海外がブラジルなので、日付変更線の感覚も分からず、12時間時差も理解していなかったのだ。
頭で知識としては分かっていても、実体験がないので、身体で分かっていなかったのだ。
言葉も満足に通じない機内で、水を欲しがる子供達に、水(=アグア)が言えなくてコカコーラばかり飲ませた記憶がある。

f0096068_7362964.jpgその後、リオから国内便でサンパウロに到着、やっと顔見知りの人に出会った時はホッとした。
コンゴーニャス国際空港からリベルダージの東洋街に向かい、富士パレスホテルにて休憩し、子供たちを休ませた。



早めの夕食は、寿司安リベルダージで済ませて、夜の便でリオにて乗換えでベレンへ向う、当時はまだサンパウロ~ベレンの直行便は無かった。
家族を連れて言葉も分からないまま、不安を抱えながらリオでの乗り換えでベレン行きの出発を待った。

驚いたことは、乗り込んだ飛行機が、エンジン始動時に2回エンストしたことだ。
エンストと同時に機内のライトが全て消え暗闇の中での数分間だ、これが2回もあったので無事飛行するのかどうかが心配になった。

しかも片側2席の小さな飛行機で、これで3時間以上ノンストップのまま飛行できるのか、と思った位だ。
機内では前後左右に座っているブラジル人と身振り手振りで話をしながら何とか不安を払拭したよ。
たまたま持っていた穴の開いた五円玉を、よく話しかけてくれたブラジル人に記念としてやったら、穴の開いた硬貨が珍しかったのか、ブラジルの古銭のようなものをお返しにくれたのが、ブラジル人との初めての交流だった。

リオを飛立ち3時間10分のフライトでアマゾン河口の街ベレンに到着。
アマゾン上空の暗闇から、前方に小さな光の塊が見え、その塊が次第に大きくなってきた時、機内のアナウンスがベレン到着を告げ、シートベルトの着用を促した。

f0096068_7393474.jpgアマゾンの支流ガマ河の上空を飛行し、ベレン国際空港に到着は夜11時10分で、窓から見たベレンの町は、まるでダイヤモンドを散りばめたような奇麗な夜景の町だった。





(この写真の角度から見える暗闇の中のベレンの夜景は素晴らしいよ。)

空港には現地に赴任している駐在員とその家族が出迎えてくれていた。
今では家族の良き思い出になっている。


98. ブラジルに単身赴任中のある日、日本から電話を掛けて来た家内が、
家内  :「あなた、来週妹とラスベガスに10日間行って来ます、日本に電話しても居ないからね」
我輩  :「・・・・・」

単身赴任中にまたまたある日、日本から電話を掛けて来た家内が、
家内  :「あなた、来週○○さんとフランスに行って来ます。
友達がフランスに居る間に行かないと、彼女が帰国したら行けないので・・・・・。ドイツ・スイスと回ってきます。
だいたい2週間の旅行です」
我輩  :「・・・・・」。
   
こんな家内の口癖が、 「亭主元気で留守が良い」   

何じゃ、こりゃ!!!

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by wagahai_tt | 2009-09-25 07:46 | 印象深い事柄 | Comments(4)
Commented by pazz at 2009-09-26 23:05 x
ご無沙汰してます。
wagahaiさんの赴任時はまだSP~BLMが無かったのですね。
言葉に不安があるときの空港はとても緊張するものです。

我々も2007年の訪伯時、リオで搭乗口が3回も変更になり、大きな大人が数人ウロウロウロウロ。挙げ句の果てはダブルブッキングで、国際線を使っての別便へ・・・
何の事やら訳も分からずウロウロウロウロ。スタッフはブラジル語のみ。我々のブラジル語にもならないブラジル語。ついに周りの観光客が心配して英語を喋り出す。ますます混乱してしまった思い出があります。
ま、しかしどうにかなるもので、今こうして無事に日本に在住し、メールが打てていますので・・・今では面白い思い出です。



Commented by wagahai_tt at 2009-09-27 07:43
pazzさん、おはよう・・・・・・。
お久しぶりです。
赴任当時はSP~BLM間の直行便はありませんでしたよ。
JALもまだ成田~SPの直行便は無く、ヴァリグの機体で共同運航の時代でした。
その後JALの機体で成田~SPの直行便が出来た時は便利になりましたね。
SPの国際空港もコンゴーニャスからガルーリョスに変った時です。
赴任時の全く知り合いのいないリオの空港は心細かったですね。
子供たちがいるので、親が不安状態では駄目だと思い平然を装っていましたが、内心はヒヤヒヤ・ソワソワものでしたよ。
pazzさんも同じような経験があるのですね。
日本国民が外国人を受け入れるのと、移民の多いブラジル国民が外国人を受け入れる心情には大きな違いがあるように感じましたね。

今はヴァリグが消滅してTAMが国内線を支配していますが、ブラジリア乗換えが中心なので不便になりましたよ。

Commented at 2009-10-14 12:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by wagahai_tt at 2009-10-14 15:41
rindaさん、はじめまして・・・・。
ベレン在住経験があるのですか、ブラジル仲間ですね。
今南米旅行中ですか、いいですね。
ご存知だと思いますが、ベレン日本人学校は生徒数も激減したので、1996年3月に休校として、学校跡地は現地の幼稚園に貸与しています。
思い出の地を訪ねるのは良いものですよね。
私も昨年マナウスからベレンにかけて一人旅をしてきましたよ。
又ゆっくりベレンの思い出を語り合いましょう。

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